第二節 太陽に手を伸ばし
遙かなるかな空と海 外伝『海と空と船に』
第二節 太陽に手を伸ばし
航海は順調だった。
眼下に広がる雲海の下は雨でも降っているかもしれないが、空飛ぶ船にそんなものは関係ない。
燦々と降り注ぐ陽光を浴び、風を切りゆく。
景気付けに歌でも口ずさもうと思った矢先、ふと黒い影を捉えた。
徐々に近づき影が形を成す。
よもや、こんな大空で見ることになろうとは。
見紛うことも無い。あれは…クジラだ!
「何読んでるにゃ」
「ん?『上空二万里』」
キュイーズの物書きである"ジュルリ=ヴェルヌ"が書いた大ヒット小説だ。
やはり冒険譚は男の相棒だよな!
「アレ確か、空飛ぶ怪物に船が穴を空けられる話じゃなかったかにゃ。縁起悪い」
ジト目でこちらを睨む猫。ジト目いいね…相手がふぇすなのが非常に残念だが。
「実際にそんなん居るわけないしな。それにこの船なら大丈夫だろ」
今俺が乗ってるのは、あの『三月のウサギ号』。
先の戦で大活躍した空飛ぶ海賊船だ。あいや今は私掠船か。
「まあ、大船に乗ったつもりでいろよ」
「もう乗ってるにゃ」
ごもっとも。
「で、ここで何してんの」
船尾楼に寝転がり日向ぼっこと読書に興じていたら、麗しの船長殿が現れた。
その視線が、こう、ゴミでも見るかの感じでたまらねぇ…
「いやほら、デッキうろついてると邪魔そうだし、部屋に閉じこもってるのも勿体無いし。ここ船長しか来ないでしょ」
俺の見事な証明に言葉も無いのか、半目でやや口を半開きにして見下ろしている。うむ。
「あ、プラニエさんも居たにゃか。こんにちはにゃ」
寝転がっていたので気付かなかったが、リツカさんの後ろに控えるようにプラニエちゃんが居た。
「あ…こ、こんにちは」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
あれ、何か俺の時と態度違くね?
「ん?ふぇすの耳が気になるにゃか?別に触ってもいいにゃよ」
「えっ…あ、いえ……」
「遠慮しなくていいにゃ。別に痛くもないし」
プラニエちゃんの前まで行き頭を差し出す猫。そのまま叩かれたら面白いのに。
「で、では少しだけ…」
恐る恐る、でも好奇心か何かで瞳を輝かせながらふぇすの耳を撫でる。
その姿がもうたまらんな…心がほっこりする。
「ところで、聞きたいことがあるんだけど」
そこへ突き刺さるようなリツカさんの一声。これはこれでクるものが…
「はいはい、なんでしょ」
「契約するときに、危険手当込みって言ってたでしょ。あれの詳細」
「ビクッ」
「声に出てるわよ」
思いがけなさすぎて思わず口から飛び出たぜ。
「んーまぁ、ほら。危険なブツには、危険な理由があると言いますか」
「つまり、それを狙ってる連中がいるって事ね」
「端的に言えば」
まあ実際向こうがどう出るかは何ともだけどな。
「…ん?」
とか言ってると、リツカさんが何か気づいたようだ。
「気流が乱れたにゃね」
「あんたわかるの」
「この耳は伊達じゃないにゃよ」
いや耳関係あるのか。
「お嬢ッ!雲から何か出てきやすぜぇ!!」
「わかってる」
ベリスカージさんの声に静かに答えつつ、船尾楼の端から眼下に広がる雲海を見やる。
しばらく見ていると右舷側から、雲を纏い、切り裂き…あれなに、丸太?
「空飛ぶ船…神聖同盟?まさかね…」
「旗を掲げていませんね…」
険しい表情で呟くリツカさんの隣で、同じように下を見ていたプラニエちゃんが言う。
「…ベリスカージ!」
「あいよお嬢ッ!!野郎ども、戦闘準備だ!!ぐずぐずしてると弾の代わりに大砲に突っ込むぞォ!!」
怒号と共に慌ただしくなる船内。所々から雄叫びが上がってて怖い!
「見たこと無い種類ね。ガレオンじゃない…?」
どれどれと俺も眺めてみる。あれは確か…
「ああ思い出した。あれフリゲートだ」
「フリゲート?」
「キュイーズとアンシュージで共同で開発してるやつだよ。アンシュージって気候厳しいから、その中でも取り回しが楽なの欲しいって。あれこれ言っちゃダメなんだっけな」
「一応、内々に事を進めるって言ってたにゃね」
「まあいいんじゃね」
どうせ商業組合はもう知ってそうだし。
「ふぅん…で、特徴は?」
さして驚いた風でもないリツカさん。さすがというか。
「ガレオンより小型で小回りが効くけど、その分武装はあんまり詰めなくてな。代わりに、高速」
説明を聴いて鼻を鳴らす。
「で、所属はわかる?」
「どっかに流したって話も聞かないし、まあアンシュージだろうなぁ」
「今の所アンシュージと事を構える気はないんだけどね…」
その薄ら寒くなる目で横から睨めつける。ま、負けないぞ。
「っても、本国の差金じゃなくて、一部の私設だと思うよ。まあ…ウサギ号と似たようなもんかな」
「つまり、公に出来ない事情があるわけね。なら、手出しても文句は言われないわね」
「まあ相手の出方次第だろうけど…おお、すげぇ上昇能力」
話してる間にぐいぐい上り、一気にこちらに並んだ。
「おお、やる気満々」
その甲板に並ぶのは、思い思いの武器と強面で武装した、どう見ても荒事専門の連中。
「リツカさんっ!」
「あんたにも働いてもらうからね」
「はいっ! …さあ参るぞ!!リック、旗印を持てぃ!!」
叫びつつ階段を降りていく姿は、可愛いんだけど、それ以前に騎士としての威厳に満ちていた。
さすが、小さくても修羅場を抜けてきただけはあるな…こう、思い切り甘えさせてみたい…
「時と場合を考えるにゃ!」
「マストッ!!!」
お前それ元に戻しておけよ?!
「ちっ…性能は自分の方が上だとか言いたい訳?」
舌打ちに相手を見やると、こちらの上昇速度よりも早く、既に船半分くらい上を取られていた。
そうこうしている内に、我先にと強面が降ってくる。
「ベリスカージッ!!!」
再度声を張り上げる。
「あいよ、お嬢ッ!!おら野郎ども!獲物が降ってきたぞォ!!食い散らかせェ!!!」
その声に応じて鬨の声を挙げる怖い人達。
あれよという間に戦闘が開始された。
「あんたは中に入らなくていいの」
リツカさんが冷たい瞳で優しい声をかけてくれる。何、ツンデレ?
「いや箱ここにあるし、ふぇす居るし」
「あんた荷物枕にしてたの…」
貴重品は肌身離さずってな!
「プラニエ様!!!」
そこへそんな叫びが。何だ。
見ると、プラニエちゃんへ真っ直ぐ降りて…落ちて?くる強面が一人。
それを見て身構えるけど、あの身長と高低差やばくね…?
ここからじゃふぇすも間に合わねぇし…
「お、な、なんだ?」
正に激突しようかと言う時。プラニエちゃんが黄金の輝きに包まれ、直後、甲高い金属音が鳴り響いた。
周りの人間も何が起きたのかと、一斉にそちらを見やる。
「あまり良い場所に出なかったみたいですね……あ、れ?プラニエさん?」
「おろ、ぷにぷにさんなんさー」
輝きが収まるとそこには、プラニエちゃんを見て驚いている少女が2人居た。
片方は、落ちてきた強面を弾き返したのか、手にでけぇ大剣を持ち、ほぼ半身を鎧で固めた白い髪の少女。
もう片方は、微妙に緊張感の無い雰囲気と露出が多めの服を纏う、大きなリボンが目立つ金髪の少女。
「え、あ、あなたは…?」
当のプラニエちゃんはというと、きょとんとした目で2人を見ている。可愛い。
って、知り合いじゃないのか。
「…なるほど。どうやら、別の…のようですね」
何やら得心した顔で頷く白髮の少女。
「あの、貴女は…」
「細かい話は、また後程しましょう。まずはこの場を」
優しげな表情で言い、金髪の少女と頷き合い、強面軍団の方を向く。
「我が名はシャノン。シャノン=シャリオール=シアルフィ!!」
剣を甲板に突き立て、声も高らかに。
「異邦人なれど、この場はプラニエ殿に助成する!!」
その声は、とても少女のものではなく、凛と響く騎士のものだった。
「ここから先へは、行かせませんっ!!」
「なんさー☆」
それはそれとして、俺かなり空気感漂ってねぇ?