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携帯の音で目が覚めた。どうやら帰宅してそのまま寝てしまっていたらしい。着替えないと、メイクも落とさなければ。咄嗟にそんなことを考えたが、未だ鳴り続いている携帯電話にそのコール音がメールではなく電話であることに気が付き、確認もせずに慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし…」
「もしもし、水城だけど。もしかして沙英、もう寝てた?」
水城――その響きに眠気が一気に吹き飛んだ。
「どうしてですか?」
「声が寝起きみたいだから。」
正直に答えるべきか…時計を確認するとまだ22時もなっていない。この時間ならば正直に答えても良いだろう。
「実はうたた寝してました。」
「そうか。起こしてごめんね。」
「いえ、むしろ起こして頂けて良かったです。着替えもせずにそのまま寝てしまっていたので。」
「それなら良かったけど…今日は疲れた?」
「いえ、そういうわけではないんですけど。少し弛んでいるのかもしれないです。」
弛んでいるとか、自分でも何を言っているのかわからない。でも私は水城さんの質問になぜだか少し動揺し、何と答えればば良いのかわからなかった。
「補佐役の仕事を任せることになったけど、大変だったかな?大丈夫?」
「大丈夫です。ありがとうございます。補佐役としてあまりやることもないですし…調整業務以外にも何かするべきなのでしょうか?」
「いや、藤川君のプロジェクトはそれぞれの自治体に出向している管区の職員によって行われるものだから。基本的に各県庁の職員は具体的な業務には関わらない方針なんだ。」
「そうだったんですね。ありがとうございます。」
水城さんの言葉を聞いて安心した。藤川君に雑用しかできない奴だと思われては堪らないから。私の弱点を見つけ、少し嬉しそうな顔をする彼の姿が頭に浮かんで何とも言えない気持ちになる。悔しい、が正しいのかもしれない。
「そういえば、藤川君と知り合いだったんだね?」
「はい、大学時代の同期で。サークルが同じだったんです。」
「そう…どんな人?」
少し間を置いてからの水城さんの質問に、私は困惑してしまった。どんな人?水城さんからそんな抽象的な質問を受けるとは思っていなかった。―――すごく答えにくい質問だ。藤川君のことを客観的に分析することは思ったより難しいことなのかもしれない。
「そう、ですね…うーん…特に良いところも、悪いところも思いつかないです…すみません。」
「いや、質問が悪かったね。ごめん。」
「そんなことないです。…そうですね、とにかく藤川君は悪い人ではないと思います。」
「良い人ってこと?」
「そこまでは自信持って言えないですけど。」
「仲良いんだね。」
水城さんはくすりと笑って言った。しかし私は笑えなかった。
仲が良い?私と藤川君が?今までそんなことを言われたことがなかったのでどう反応すればいいのかわからなかったのだ。私たちは仲が良いなんて、そんな双方向の関係をかつて指摘されたことはなかった。周りからはいつも、藤川くんから私への一方通行の思いだけをからかわれていたはずだったのに。
「そういえば、沙英。今週末のこと覚えてる?」
「はい、3日のことですよね。もちろん覚えてます。」
「…そう、それなら良かったけど。」
水城さんは何か私に言いたいことがあったのかもしれない。そんな気がする。けれど私はそれに気が付かない振りをして、会話を膨らませようとしなかった。ただ私は、水城さんとの会話の中で、自分の中に何か得体のしれないものが膨らんでいるのを感じていた。
今、私の頭の中を占めているものは一体何なのだろうか。自分のことなのに全くわからない。わからないけれど、とにかく息が詰まって目も開けていられない。私は固く目を瞑った。
電話越しに水城さんの声が聞こえる。
「沙英?」
「はい。」
私は努めて冷静に言葉を絞り出した。
「大丈夫?」
「大丈夫です。すみません。」
「疲れているところに電話をかけて悪かったね。」
「いえ、そんなことないです。」
「お休み。」
「お休みなさい。」
気付けば通話は終了しており、ツーツーと電子音が耳に響いた。しばらくすると、何もせずとも電子音は鳴り止み、私の耳に静寂が戻った。私はゆっくりと目を開けたが、蛍光灯の思わぬ明るさに驚き、すぐに目を閉じてしまった。そして、そのまま朝になるまで目を開けることはなかった。着替えも、メイクも落とさずに、結局そのまま眠ってしまったのだった。