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1)

 これは恋なんかじゃない。


 何度そう思ってきただろう。事実、あれは恋ではなかった。ただ、初めて向けられた異性からの好意に戸惑い、舞い上がっていただけだったのだ。


 彼とは大学生になった春に出会い、それから4年間ともに大学生活を過ごした。同じサークルに入ったことで知り合い、他の同期から見ても、恋愛経験のなかった私から見てもその好意はわかりやすすぎるものだった。面白がって見ていた友人たちに、告白されるのも時間の問題だとよく言われたものだった。愚かなことに私も内心、そう思って疑わなかった。

 しかし結局卒業式を迎えても、彼から何かを言われることはなかった。その頃には、いや私自身はもっと前からわかっていた。彼から告白されることなどないということを。しかし、彼の気持ちは本当に全くわからなかった。なぜなら彼は最後まで私に何も言うことがなかったのにも関わらず、その好意はやはり私に向いているように感じられていたのだから。

 

 彼は思いを匂わせるような態度で私を惑わせ、私はそれに踊らされていただけだったのだ。彼の一挙手一投足に翻弄され、疲れ果ててしまっていた時もあったが、その時期を越えると私は彼からの告白を諦めるようになった。私は彼に恋などしてはいなかったのだから。ありきたりな言葉で言うなら、私は恋に恋をしていたのだった。大学生にもなり、二十歳を過ぎても、付き合った経験ばかりか誰かに恋をした経験も碌になかった私は周囲の環境に焦り、わかりやすい彼の好意に頼っていただけだったのだ。

 結局、そんなずるいだけの私の気持ちが報われるはずなどなかったのだ。むしろ報われていいものではなかったのだと思う。きっと誰も幸せになることなどない結果を迎えることになっていたのだろうから。




**********




 「ねーちゃん、また帰ってきてんのか…」


 呆れたような声が頭上から聞こえてきたので、私はこたつで寝返りを打って声のした方を向いた。そこには大学4年になった弟の知樹の姿があり、日曜の朝9時になぜか実家のこたつで寝ている姉に言葉を失っているようだった。


 「おはよう、こんなに早く起きてくるなんて珍しいね。いつもは昼まで寝てるのに。」

 「ちょっと今日は用事あって…ってか逆にねーちゃんこそ、なんでこんな早い時間にここで、そんなに寛いでるわけ?いったい何時に起きてんだよ…」

 「そんな驚くことかな?6時に起きて自転車乗って、ここには7時くらいに着いたよ。ちょうど母さんたちが散歩から帰ってきたところだったから一緒に朝ごはん食べて、それからこたつで寝てた。」

 「そうか…」


 弟の疑問にせっかく丁寧に答えてあげたのに、何故か遠い目をされてしまった。しかし、私はそんな弟の態度など気にしない。そんなものに屈して有意義な休日を過ごせなくなるなんて真っ平ご免である。私のアパートと実家は約30km離れており、ロードバイクだと1時間の距離なのだ。予定がなければ、私は休日の度に一時間かけてこうして帰省をする。三食食べられ、なおかつ広い部屋(アパートに比べて)で一日中過ごせ、その上運動もできるなんて、我ながら良い休日の過ごし方を編み出したものだと思う。

 しばらく遠い目をしていた知樹が再びこちらを見ると、溜息をはくようにぽつりと呟いた。


 「干物女の極み…」

 「残念ながら私は干物女ではありません。私には水城さんという恋人がおりますので。」

 「なんでねーちゃんにあんなイケメンの彼氏がいるんだよ。全然わかんない…」

 「水城さんは私の溢れ出さんばかりの魅力に気づいているのだよ。」

 「ほんと、水城さんの気持ちが全然わかんない。」


 私の言葉を聞いているのかいないのか、知樹は私を一瞥すると顔を洗いに洗面所に向かった。

 実際のところ、私自身もなぜ自分に恋人がいるのかよくわからない。あんなに難しかった恋愛が社会人になってこんなに簡単にできるものなのかと、自分が一番驚いているのだ。私の恋人の水城浩太さんは同じ県庁に勤める3つ年上の上司であり、私が入庁した時の教育係を務めてくださった方である。そして入庁3年目の去年の11月に告白され、私たちは付き合うようになった。それからもうすぐ1年が経とうとしている。

 また知樹が言うように、水城さんみたいな人がどうして私みたいな奴と付き合っているのかもよくわからない。水城さんは仕事ができる上にイケメン(言葉で表すと何だか安っぽく聞こえる…)というすごい人であり、とにかく彼には上司部下、男女問わず人望があるのだ。私も彼に告白されたときは自分の仕事が認められたような気がして、誇らしく思ったものだった。


 そんな彼にデートに誘われたり、滅多にないが職場の同僚と会う約束をしたりしない限り、私は実家に帰省すると決めている。弟の知樹はあんなことをいつも言ってくるが、きっと心の中では姉が帰ってくるのを楽しみにしていると思う。何より両親が娘の顔を見れて嬉しいと言ってくれる。自分の思い込みもあるかもしれないが家族が喜んでくれる姿、元気にしている姿を見るのが私は何より好きだった。

 

 先週と先々週の日曜は浩太さんと会っていたので、今回は3週間ぶりの帰省である。さらにその前の週は飲み会だったため、この10月は帰省が一度だけになってしまった。来週も水城さんと会う約束をしているため、この帰省では思う存分のんびりするつもりだった。そのため7時に来るという強硬手段に出て、弟をどん引きさせてしまったのだが。

 それにしても最近、水城さんと頻繁に会っている気がする。2週連続で日曜日を過ごしただけでなく、何度か一緒に夕飯も食べた。そして来週の日曜も会う約束をしているのだ。しかも一月も前から。

 「11月3日、必ずあけといてね。」と微笑まれたとき、私はこくこくと頷くことしかできなかった。水城さんは祝日をお祝いするような人だっただろうか…

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