ある仮説
二人はお祈りをした。
拓也は特に祈ることが無かったので適当に手をあわせて、適当に一礼した。
それに対し、由美は深々と目を閉じて手をあわせてお祈りしていた。
「ねえ、拓也」
突然、由美が口を開く。
「ん?」
「拓也は本当に私のこと、愛してる?」
「なんだよ、急に」
「いいから、答えて」
「・・・・・愛してるよ」
「じゃあ、キスして」
そう言って、由美は目を閉じた。
拓也は仕方なく、由美の柔らかい頬にさっとキスした。
ゾクッ
また、あの視線だ。
拓也は辺りを見渡す。だが、人影はない。いるのは別に愛してなどいない由美だけだった。
「ありがと、拓也。 じゃあ、降りよっか」
「そ、そうだな」
拓也は早く、こんな不気味なところから離れたかった。
ふと、拓也は疑問に思った。
もし仮に、由美の聞いた噂が本当だとする。カップルの愛が偽りだったら石段の段数が登ったときと降りたときが「違う」というが、具体的にはどう違うのだろう。一段増えるのだろうか? それとも減るのだろうか?
拓也の頭の中にある1つの仮説が浮かんだ。
もしかしたら、階段の数が無限に増えるのではないのか、つまり、偽りの愛だと永遠に石段を降り続けることになるのではないのか、そう、拓也が聞いた噂の男ように。
拓也は首を横に振る。
これはあくまで噂からたてた仮説に過ぎない。実際は石段の段数は変わらない。たとえ、拓也と由美のように愛が偽りだとしても。
拓也が見下ろした石段は、月明かりでうっすらと不気味に照らされていた。