王妃さまと宴2 または王妃さまの侍女の憂鬱(わりと深刻)
王妃である凪の輿入れと共に苑国にやってきて約一年。真奈は人生最大のストレスを感じ続けていた。
理由は勿論、苑の人間の凪に対する悪意ある言動にあった。
(凪様から止められなければ片っ端から血祭りにあげますのに)
怜悧な顔に何の表情も浮かべないまま内心では主を馬鹿にし続ける人間へのえげつない報復行為を思い浮かべる真奈。
(大体凪様のどこを見て馬鹿にしているの?たしかに他のご家族の方とは似ていらっしゃらないけど凪様はとても可愛いわ。和むし表情豊かで魅力的な上に能力的にも決して劣る方ではないというのに)
そう、家族が常識外の優秀さなだけで凪が優れていない訳ではない。
むしろ家族に追い付こうと努力するし、好奇心も知識欲も人一倍もった人だ。 なまじ幼い頃から夜来の王族と係わり合う機会が多かった真奈だからこそわかる。
(皆があの方々を褒めたたえる。だけど私はあんな人外魔境な人達(内面込み)よりも凪様のような人に仕えたい)
凪以外の夜来王族を思い出しちょっとだけ遠い目になった。色々と濃い人種なのだあの国の王族は。
(あの方々が凪様の現状を知ったら苑国の上層部は確実に叩き潰されるわね)
自分たちと肩を並べる大国だとかそんなことは関係なく、凪の身内ならやる。
むしろ、一年、何もなかったことの方がおかしいと真奈は真面目に思っている。
そこにどんな思惑が隠されているのか………まだ、その概要さえ見ていない。だが、確実にこの結婚には何かある。
(そして、この国の異常さ………内乱があった国とはいえ、何かが変だ。凪様に対する扱いの悪さを隠そうともしない)
苑国の人間は夜来が凪を苑国に「厄介払い」したと思い込んでいるようだが実際は逆だ。
夜来は珠玉の姫を苑の王妃としたのだ。それを読み取れないほど愚かのものばかりしかいないわけではない。だが。凪に対する悪意があまりの台頭しすぎている気がする。
(仮にも大国夜来の王女に対して隠さずに悪意を見せる。………それは、なぜ?)
真奈の思考にあわせるようにランプに照らされた影が不自然な揺らめきを一瞬、見せる。それに一瞥すら向けずに真奈は小さく呟いた。
「落ち着きなさい」
真奈の言葉に影は揺らめきを止め、あとに残ったのは何の変哲もないランプに照らされた真奈自身の影。
ふぅと軽く息を吐くと言葉に出来ない感覚を宥めた。
(内乱があったあとの国だとしても神経に障るこの感覚は異常だわ)
もともと気が乱れた場所では多少なりとも感じるものだが苑国はそれが酷すぎる。
無遠慮に神経を刺激するような感覚。この一年ずっと感じてきた。
この感覚が何を意味するのか。何に関係するのか今はまだ、分からないが、無関係ではないだろう。
(まぁ、どんな企みがあろうとも私は凪様のお側にいて護るだけ)
凪は忠誠を誓うに値する人物であり、なにより真奈が生涯を賭けて護ると決めた唯一の存在だ。
だからこそ、今、凪に与えられている不当な扱いに心底憤りを感じ、そしてその打開もできずにいる自分に腹が立つ。
(全くもって腹立つことばかりですわ)
真奈は無表情に怒りの炎を胸に燻らせながらも己のやるべきことを進める。
『なにを言っているの?真奈はこんなにも悲しんでるじゃない!苦しそうよ!なんで大人が気付いてあげないのよ!』
護りたい。1番辛い時、誰も気付いてくれなかった自分の悲しみに真っ先に気付いてくれた人だから。
だが。
侍女姿で宴にもぐりこんだ挙句にこっちがつまみ出せないことをいいことに騒ぎに首を突っ込んだ挙句その後始末全部こちらに丸投げしてくれた主に真奈は無表情に怒っていた。
尊敬もしている。忠誠も捧げている。
だが、あの好奇心旺盛で王族にあるまじき言動行動はいただけない。
「楽団の演奏はこのまま明るい曲を選んで演奏してください。あと、床の掃除を急いで。王が来られるまでには騒ぎを終息させますよ」
近くにいた侍女達にテキパキと指示を出しながら真奈の視線は渦中の人物を引き連れて出て行った主の後姿を追っていた。
こちらが落ち着いたら洋服とあと染み抜きの道具なども持っていかなければいけませんね。
主の考えを行動を先読みしてこれからの算段をつけつつ真奈は静かにため息を零した。
呆れたり叱り付けたりすることも多い。だけどあの人こそが真奈が一生仕えると決めた主。