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王妃様の副業  作者:
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王妃さまと宴 または王妃さま潜入取材(失敗風味)

引っ張り出した侍女服に着替え、特徴的な黒髪を鬘に押し込み黒い瞳は前髪で隠すようにセット、ダメ押しで丸いふちのメガネをすればあっという間に地味な侍女が一人、誕生した。


「ふっ、散々地味だ平凡だの言われまくってきたけれど潜入に派手さは不要!!取材に非凡さはいらないわ!見よ!この馴染みっぷり!誰も私を王妃だとも王女だとも思わないわね!」


仁王立ちでそう宣言する凪の姿は確かに王妃にも王女にも見えず、変な侍女にしか見えなかった。

クルリと鏡の前で一回転して変な所がないか確かめた凪はムフフと笑いながら足取り軽く、舞踏会会場に潜り込んだ。


堂々とした態度に更には洗練された動きをする凪はどう見ても良く教育された侍女そのものであり会場でソツなく仕事をこなす彼女を疑うものは誰もいなかった。


「あ、そこの貴女飲み物を持ってきてちょうだい」


「はい。畏まりました」


「君!連れの女性が足を挫いてしまったようだ。座れる場所に案内してくれ」


「はい、こちらでございます。氷を布で包んでおきましたので取り合えずこちらで足を冷やしておいて

くださいませ。すぐに医師をお呼びします」


「ああ、そこのお前………」


疑われなさ過ぎてやたら貴族達に頼まれる。凪もまたテキパキとそれらをこなしてしまうものだから他の使用人たちからも頼られる始末。本人気づいてないが有望な人材を求める貴族達の引き抜き対象になっていたりもした。


王妃なのに使用人として有望株と認められてしまっていた。色々何か、間違っている。


「な、なんでこんなに色々頼まれるの?」


華やかな宴を楽しむ貴族達の傍若無人な注文に凪を含む給仕を担当する使用人達は大童であったが特に凪は目を回さんばかりに忙しかった。


主役の王がまだきてないのにこれでは先が思いやられるわ。


優雅にだが素早く効率的に動き回る凪は小さく愚痴りながらもテキパキと仕事を片付ける。途中、物凄い顔で睨み付けてくる真奈を見かけたがあちらも有能さで忙しいらしくこちらまで何か言ってくることはなかった。

それをいいことに取材というよりかはもはや一使用人として働いていた凪だったがふと近くにいた一人の貴族の少女の姿が目に入った。


波打つ小麦色の髪に白いドレスが初々しい少女は恐らくは今回の宴が社交界デビューなのだろう。目を奪われるほど清廉な美しさをもつ少女だ。だが、その美しい顔に何故だか憂いを浮かべている。

そして、そんな少女を悪意ある目で見つめているグループがあるのに気づく。


(あれは陛下の側室候補達)


ご自慢の美しい顔をゆがめながら憎憎しい視線を隠そうともせずに少女に注いでいる。少女の方もその視線に気づいているのか顔色が悪い。

どちらかといえば少女の美しさよりはグループの方が放つ不穏な空気に反応した凪は、これは何かあるなとそちらの方に足を向けかける。

諍いの種、騒動の芽を未然に防ぐのも裏方に徹する者の勤め。それにあんな可愛い子に恥はかかせられないでしょ、と己の立場を完全に忘れ去った発言を心中でしつつ行動に移しかけていたのだが。

一歩遅く、それは起こってしまった。


タイムング悪く、飲み物を入ったグラスを運んでいた若い侍女が件の少女の近くを通る。その侍女の足をグループの一人がさりげなく引っ掛けた。


(あ………)


侍女はバランスを崩し少女の方へと持っていたグラスが傾く。

凪は咄嗟に駆け出し少女の腕を引っ張り自分の腕に抱え込む。

左半分に冷たい液体が掛かる感触と床にグラスが落ちるけたたましい音。


「あなた………」


「お怪我はございませんか?」


遠くに悔しげに顔をゆがめる側室候補達の姿を視界にいれながら青ざめてこちらを見る少女に凪は笑ってみせる。笑顔笑顔と言い聞かせつつ、ざっと腕の中の少女の様子を確かめる。凪が庇ったため怪我はないようだが真っ白なドレスの裾の辺りにぶどう酒でも零れたのかじわりと濃い紫のシミが見えた。


「申し訳ございません。ドレスにシミが………」


微かに眉を顰めた凪の言葉を皆まで言わせずに少女がハンカチを差し出し、雫の垂れる髪を拭いた。

その顔は少し怒っていてそして凪を心配していた。


「あ、ハンカチが汚れてしま………」


「ハンカチなどどうでもよろしいですわ!貴女の方が酷いことになっているではありませんか!」


「す、すいません!あたしのせいで!!グラスの破片で切ったりしていませんか!」


足を引っ掛けられた侍女と少女に同時に身を案じられて凪はすこし戸惑う。


「えっと………」


侍女はまだわかるがこの貴族のお姫様、変わっているわ。

庇われることを当たり前と思わずにその身を本気で案ずる貴族の姫なんてあまり見ない。

貴族は己より下と認識したものを同等と扱わないものだ。

なのに演技でもなんでもなく目の前の貴族の少女は凪を心配して未だに雫の垂れる凪の髪を拭いている。

それをぼへーと見ていたが騒ぎを起こしたため周囲の視線がかなり集まっていることに気づいた凪はそっと少女の手を掴み、ついでにおろおろしていた侍女を己の背後に隠す。


叱責、興味、嫌悪、嘲笑。


嫌な類な感情が渦巻いて、凪や後ろの少女達に絡み付こうとしている。


それに気づいて凪は笑みを浮かべる。それらを跳ね除けるかのように強く、艶やかに。


ずぶぬれのぶどう酒塗れなのにどうしてかその姿は威風堂々としており、よく通る声は会場内の全ての人の視線を己に集めてみせた。

それらの視線に怖気付くことなく凪は堂々と言葉を紡ぐ。


「皆様方。此度は私の不始末で大変お騒がせいたしました。幸いなことに大事には至らなかったのでどうかお気になさらずに宴をお楽しみくださいませ」


スカートをつまみ優雅に一礼。


それは侍女とは思えないような見事な淑女の礼。

それに人々が呆然となっているタイミングを見計らったかのように空気を一層する陽気な音楽が場を再び満たす。

事態を把握仕切れて居ない二人の手を掴むと「それでは」としとやかにけれど早足にその場を離れた。

見事な退場に誰も彼女らを引き止めることはなかった。


会場を去っていく姿を真奈は黙って見送った。

主の性格をよく知り尽くしている真奈はため息を吐きつつも騒ぎが起こった段階で楽団の元へ指示を出したのだ。

それがあのタイミングで楽団の音楽が再開された真相。

合図も何もないがあの主は真奈がこうすることを確信してあのような振る舞いに出たのだ。

信頼されているのか性格が読まれているのかどちらなのだか。


「全く………」


呆れ共怒りともとれない複雑な呟きを残しながら後始末の指示を出すために真奈は歩き出した。


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