王妃さまの日常 2
嫁いで最初に浴びせられたのは明らかな落胆と疑惑の目。続いて「できそこない」をつかまされた怒り。
嫌になるほど私の人生に着いて回るわねと凪は怒るよりむしろ呆れた。
本当にこの国と祖国での扱いに差がない。どちらも凪の地位には頭を下げてもその目は凪を蔑み、疎んで
いた。
明らかに自分より劣った者を見る目。
嫁いで数日で「王妃に相応しくない。王に不似合いだ」と囁かれた。
一ヶ月後には王妃の間を使うことすら許されず後宮の1番隅っこの狭い空き部屋に移るように言われた。
理由を聞けば。
「王のご命令です。まぁ、王妃様にはにあ………いえ、あの部屋は心苦しいだろうという王のご配慮です」
いま、似合わないって言いかけなかった?
とは突っ込まず凪は素直にその決定に頷いた。別に部屋などどこでもいいとさえ思っている。
馬小屋で寝ろと言われないだけましよね。
頷いた凪に部屋の移動を伝えにきた侍女はあからさまな蔑みを隠そうともせずおざなりな一礼をした。
側に控えていた真奈が失礼極まりない要求と態度に静かにブチ切れて暴れかけたが凪が止めた。
外見だけなら彼女の方が王妃に見えるが実は真奈はその美しさに似合わず凶暴かつ暴れると手が付けられない。
止めなければ血祭りがはじまる。もちろん開始の狼煙を上げる羽目になるのは目の前の侍女。
血まみれはご勘弁なので凪は必死になって止めた。
夫は地味な凪が気に食わないのか初夜にもそして部屋を移るときにも姿を現さなかった。
凪が夫の体温を感じたのはたった一回。結婚式の誓いの口づけのときだけ。
まともに逢ったのもその時だけ。
それからはもう色々ありすぎた。暗殺毒殺日常茶飯事。
厭味嫌がらせも以下同文。
オマケに王の命令で部屋は変えられるは、突然入ってきた侍女達に嫁入り道具は取り上げられるは食事はどんどん質素になるは・・・・しまいには王妃のために使う金はないと言わんばかりに予算を減らされ公式の場に着ていく服にも困る始末。
本格的に厄介者扱いだなと思いつつ、凪は何も言わずただ現状を受け入れた。 病気を理由に引っ込んで公式行事全てを辞退した。そのことでまた色々言われたが凪にはどうでもよかった。どう考えても今の状態で公式の場に出るのは精神的にも身の安全のためにも控えるべきだと思った。だが、生活はしなければいけない。生活のためには金銭を稼がなければならない。だから考えたのだ。
副業が必要だと。
考えてためして辿り着いた副業が「作家」という職業だった。
最初は真奈の遠縁がこの国で小さな出版社をやっていて新しく創刊する雑誌に数ページだけ空きが出来てしまったので何か書いてくれないかと頼まれたのがキッカケだった。
金欠だった真奈はすぐに依頼を受けたが定まったページ数で物語なり紀行文なりを書くのは難しかった。
流石の真奈も頭を抱えてしまい凪が代筆して短編を書いた。
異様なまでに読書スピードが速い弟にせがまれ即興で話を作らされていた経験が役に立ちすんなりと凪は規定内の話を作った。そしてその短編がえらく反響がよく。凪たちは予想よりもずっといいお金と次の仕事の依頼を得たのであった。
王妃という立場上、副業をしていることはばれるわけにはいかない。幸い出版社の人間は真奈が作者だと思っている。素性を一切明かさない「覆面作家」として活動することは可能だ。
そうして本業王妃。副業覆面作家という凪の二足の草鞋生活が始まった。
もっとも本業の方は全く期待はされておらず病気を理由に引きこもっていても誰にも文句すら言われない。むしろ恥だから出てくんなという周囲の空気をびしばし感じたぐらいだ。
最近では後宮に側室候補の姫君達が送りこまれ、王のお手付きになるのを今か今かと持っている。
残念ながら王は側室候補に手をつけてないがそれは多分結婚して一年もたたない内に側室を作ったら凪の実家に対して印象が悪くなる。それだけの理由だ。
扱いの悪さ、決して会いに来ないことから凪が王に疎まれているのは間違いない。
遠くから聞こえてくる社交会のざわめきを自室で感じながら凪は改めて己が必要とされていないことを認識した。
今日は王の誕生日を祝う宴だからいつも以上に盛り上がっていることだろう。後宮に住まう他の姫君達はきらびやかな衣装を纏いそれこそ夢のような美しさを醸し出しながら意気揚々と会場へと繰り出していった。一方、凪は自室にいる。いつものように病気を理由での欠席だが笑えることに招待状が届かなかったのだ。
一応の建前すら放棄されたかと感慨もなく思った。
真奈などは笑顔の中に恐ろしいまでの怒気を宿らせながら「………凪様、よろしいですか?」と色々と重要な言葉を省略した何かの了承を求めてきたので全力で止めた。自分のもつ語彙の全てを動員して説得に費やした。血祭りは本当に勘弁してください。
凪の説得に一応は納得したらしい真奈は渋々頷くと「それでは代わりに宴の手伝いついでに嫌がらせしてまいります」と優雅に一礼すると凪が止める間もなくさっさと部屋を出て行った。
「………あまり派手なことはしてないといいなぁ………」
様々な意味で規格外である友人が暴走しないことを祈りつつ(多少の嫌がらせについては止めることをもう、諦めた)凪はクルリと手に持ったペンを回す。
蔑みの視線を向けられることも悪意を向けられることにものけ者にされることにもこの心はもう何も感じない。
悲しみも憎しみも怒りも何も。
ただあるがままに受け入れるだけ。そうやって生きてきた。これからもそうやって生きていく。
会えなくても家族がいて幸せなら生きていけるから。
物語を書こう、凪の現実とは違う優しくて楽しくて最後は誰もが笑う幸せな虚構の物語を。
そんなシリアス風味に考えていた凪だったが遠くから聞こえてくる音楽にいいことを思いついたようにベットの下に頭を突っ込むと奥に隠してあった何かを引っ張り出してくる。
「さてさて、暗い考えはこれまで!せっかくのネタの宝庫が目と鼻の先にあるのだからここは潜入取材でしょ!」
侍女服と鬘を手に凪はにんまりと笑う。
とりあえず、この王妃さまの神経はかなり図太い。