王妃さまの日常 7
凪に対する不信感しか感じない声によって素晴らしきネタの世界から現実へと引きずり戻された凪は夢から醒めた顔で声の主を探した。右左下上と首を巡らす凪の奇行に声に呆れが混じる。
「後ろだ。後ろ。左右ならともかく何故下を見る」
男の突っ込みに凪は内心冷や汗を流す。
凪は苑王の顔をろくに覚えていない。いない、のだが夫に関して綺麗な銀の髪以外に覚えていることが一つ、ある。
『誓う』
あの日、聞いた夫の声と。
「貴様、何硬直している」
不審感を隠そうともせずに凪の肩を掴んで振り向かせた人物の声がピッタリと重なった。
そのまま振り向けば目に入るのは夜風に遊ばれる月光のような銀の髪。
美形揃いの夜来の王族にも見劣りしない所か確実に張り合える美貌は本人の自覚無しに色気タダモレだ。
人外美貌には見慣れた凪ですら一瞬目を惹かれた。
月光ですら従えているような銀を纏う男を凪は一人しか知らない。
「苑王・・・」
苑の王族の特徴である銀色を今現在持つ唯一の人間である苑王 風葉は凪の掠れた声に軽く眉をあげた。 そして彼が何か言おうと口を開きかけ・・・何かに気付いたように背後を振り返る。探れば遠くから物凄い勢いで近づいてくる気配が一つ。
「・・・・チッ」
行儀悪く舌打ちするなり苑王は凪の腕を掴んで近場の茂みに隠れる。
「うぁ!」
「シッ!静かに」
問答無用で口を押さえられた。問い掛けるように見上げると切羽詰まった顔で辺りを伺う苑王の横顔。
何だかこの数分で結婚式の時の会話と接触を越えてない?
と言うか何があったの?疑問詞が頭に浮かんでいたが凪は取りあえず様子をみようとおとなしくした。
「ッたく!あの馬鹿王!どこ行きやがった!」
現れたのは見事な金髪をもつ中々の美丈夫な騎士。少し軽そうな印象がある。かなり上の地位の騎士のようだが主を馬鹿呼ばわりするのはいいのか?ここで本人に聞かれてるぞ。
等といらん心配をして側の苑王を見れば案の定、口元が少し引きっている。
「餓鬼じゃないんだから執務から逃げんなっ−の」
え、王様仕事逃亡中?
王様、私の視線から逃げましたね?
「大方好きな女のことでも考えて幸せになってから現状を思い返して鬱になってんなろけど・・・・はあ〜〜〜どこまでヘタレかつ自虐的なんだ?あいつ」
凪の視線を更に避けるように首を背ける苑王。・・・・・否定しない。ヘタレ肯定か。
(と言うか好きな女性、いたんだ、この人・・・)
思わぬ所で知った夫の恋愛事情に凪は少々衝撃を受けていた。
自分でも意外だがそれでもショックだった。だって・・・だって!
(折角思い付いたネタ僅か数分で変更?王様に相手いるんじゃなぁ・・・三角関係は諦めて二組の恋人達のすれ違い?王様のキャラも間近で接するとなんか想像してたのと違うし)
夫に好きな人、己の地位を脅かすかもしれない女の存在を知った妻の反応はかなりずれていた。
(あ、でも、王様に本気で好きな人がいるなら応援してあげたいかも!どうせお飾り王妃だしお役御免になった後王様が滞りなくその人を王妃にできるようにしたい)
疎ましく思われても利用されても縁合って夫婦になったのだ別れることが決定なら気持ち良く別れたいではないか!
(王様が好きな人を妻にして幸せになったらサッパリとした気分で国に帰れるわ。既婚暦つけちゃったのも気にする必要もないしね)
まさに一般の妻の考えから外れまくった思考に到達した凪はこの瞬間から苑王の恋を全力で応援することに決めたのであった。
「でだ、我が王は進展しない恋に見切りをつけていたいげな少年に慰めを求めたのですか?」
握りこぶしを作りながら恋の懸け橋を心に誓う凪の頭上から笑い混じりのそんな声が降ってきた。
視線を向けると茂みの上からこちらを楽しそうにのぞき見る騎士の笑顔に出会った。