王妃さまの日常 6
結婚してから夫に触れられたのはたったの一回。正直に言えば夫の顔が少々曖昧だ。
月光を紡いだような銀の髪が綺麗だなと思った記憶があるだけで肝心の顔はあまり覚えていない。案外緊張してたのか。と自分も普通の感性をもっていたことを発見した。そんなことを思い出したのはきっと今夜の月があまりにも美しく、夫を連想させたからだろう。
「・・・・・・・散歩でもしょうかな?」
何となくこのまま寝てしまうことが惜しい気がして凪はごそごそと服を引っ張り出す。
一体どこから入手したのか騎士見習いの少年が着る制服を慣れた手つきで着て、服と一緒に置いてあった茶髪のかつらをかぶれば幼児体型も手伝ってどこからどう見ても騎士見習いの少年にしか見えなかった。
真奈に見付かると無表情の絶対零度の無言にさらされるので(真奈は説教も怖いが無言でただじっと侮蔑の視線を向けられた時が1番怖くていたたまれない)明かりを消し、ベットに眠っているように細工をした凪は慣れた様子で窓から庭に降りる。脱走のしやすい一階を凪はとても気に入っている。
警備が厳重かつ暗殺者対策のため脱走しにくい王妃の部屋から変えてくれてありがとう!などと多分嫌がらせをした人間達が思いもしない御礼を胸に思い浮かべながら凪は庭を歩く。
本来なら王の私生活の場である後宮の警備は厳重なはずだが王妃である凪が「お飾り」認定されているせいか凪の周辺に関していえば結構隙があった。
凪の部屋が後宮の端っこでかなり侵入しやすい。そのうえ警備の人数も少ない上にやる気のある人は少ない。
(まぁ、ここ一年の暗殺者の数を見れば警備の杜撰さがわかるわね)
ボウフラのようにわいてくる暗殺者を凪の仕掛けた罠と危機察知能力と真奈の戦闘能力と数少ないまともに働いてくれている警備の騎士達とで凌いできたのだ。
疎まれているのも蔑みを向けられているのも知っているがだからと言って黙って殺されてやる義理は凪にない。ついでに言えば暗殺者をのして無力化したのちに彼らから情報を引き出すことも忘れない。プロは依頼主のことは漏らさないがそこはキッチリはいてもらう。ちなみにこの一年で口を割らなかった暗殺者はいない。
(・・・・姉様直伝の聞き出し方法はよく効くなぁ・・・・まぁ、真奈がやるからだろうけど)
女性であり王の第一子であるのにも関わらず王宮での華やかな生活を捨て、騎士の道を選んだ姉。実力主義の荒くれ者揃いの第13師団に自ら志願。泣いて王城に逃げ帰るだろうと誰もが思った。だが、姉は見事師団をまとめあげ、夜来最強と謳われるまでに育てあげた。
「あんた達!あたしの敵は?」
「「「「「俺達の敵です!!!」」」」
「敵はどうする?」
「「「「「殲滅です!!!!」」」」」
鞭片手に部下(どう見ても下僕だった)を悠然と見下ろす姉とその姉を恍惚の表情で見上げる屈強なマッチョ達。
いまだあの光景と見た時の衝撃は忘れられない。
姉の見た目がどう見ても十代の可愛い系なのに(実年齢?イヤイヤ恐ろしくて口外できません)どうしてか鞭を構え、優雅に足を組み、部下たちを従えている姿が様になっていた。
そんな姉直伝の『方法』。一応命は奪わないし貞操とかも汚されないのは確かなのだが・・・・・・全力でその内容及び尋問光景の公開は避けたい。とにかく、そうやって情報を入手していく過程で苑に置いての貴族の勢力図も見えて来ていた。
(やっぱり先代の残した負の遺産は根深そうね。中枢に結構な根を張り巡らせてる)
大国苑。だが先代は絵に描いた愚王で現王が夜来の協力を得て父王に反旗を翻し王権を奪取するまで苑は荒れに荒れた。先代の代から甘い汁を吸い続ける奸臣の暗躍が未だこの国に暗い影を落としている。そしてそいつらは王が夜来の後ろ盾を得ている現状が気に入らない。すなわち夜来との同盟の証である凪が邪魔なのだ。
苑に蔓延る闇は深く狡猾だ。王権交代の時の粛正からも逃れ、虎視眈々と王を操る糸を張り巡らせようとしていた。
そして多分、王は凪を利用して国の膿を全て取り除くつもりだ。
(苑王は父様とどんな密約を交わしているのやら)
凪への扱いについては父へと伝わっているはずだ。そしてこの一年、実家からなにひとつ音沙汰はなかった。あの家族なら殴り込みぐらいやらかす。それがないということは。
(父様がとめてると考えていいわね)
一年かけて集めた情報と知識。苑と夜来の情勢。ゆっくりと二人の王が思い描いている謀を探る。
(苑に嫁ぐ姫に妹達でも姉さまでもなく地味な私が選ばれた。・・・多分1番彼らの思惑通りに動くから選ばれた)
他の姉妹達だったら厭味や嫌がらせ、暗殺者を向けられた時点で過激に苛烈な報復行動に走るが凪は全てを穏便に済ます方を選ぶ。そしてなにより彼女達では相手の隙を狙えない。その美しさも優秀さも警戒させる要素にしかなりえない。
(そして私の容姿。夜来が「ハズレ姫」を苑に厄介払いした。すなわち夜来はこの同盟に全面的に協力的ではないとも見える)
苑と夜来の同盟に付け入れる隙があるように敵には映る。
もし、凪が「事故死」あるいは「病死」したら?
夜来の後ろ盾はきっとたやすく王から消え去る。
と思わせる。
(大筋はこんな感じ?暗殺者とかも多分本当に厄介なのは王の手の人が裏から廃除してるみたいだし)
ゆっくりと考えをまとめた凪は空に浮かぶ月を見上げる。
(そして苑の膿を出せたら私はお役御免。夜来に帰されて苑王は今度こそ本当の王妃を娶る)
そのための「白い結婚」。
どこまでも凪を利用しつくしている。馬鹿にしている。
凪は当然怒って・・・・・。
(くぅ〜〜〜〜なんて!なんていいネタ!次の小説は国の謀に翻弄される姫の物語で決まり!ああ、勿論設定その他は手をいれて・・・特に主人公は要変更。私が主人公じゃ王道展開無理だし。ヤッバリ謀ごとに振り回されるのは薄幸な美人さんじゃなくちゃ!あとあと三角関係も外せない!利用するつもりが心奪われた王様と一途に思ってくれる幼なじみの騎士とか!)
思わぬネタ(メシの種)を掴んだ凪は思わず身もだえていた。そこに怒りや悲壮感は残念ながらかけらたりとも見当たらない。
(ああ〜〜父様、苑王様!イイネタ有難うございます!御礼に貴方がたの謀に全力でご協力します!取材にもなって小説もより現実的になりますしね!)
キラキラと生気に溢れた瞳でこの場にいない王達(ネタ元)に握り拳で誓う凪。・・・・・はたから見れば百面相をしつつ身もだえたり握りこぶしを作りながら熱い瞳を虚空へ向ける不審者にしか見えない。だから当然。
「貴様、そこで何、奇行に走っている」
明らかに気味悪がっている男の声が背後からかけられることになった。
予定外に長くなったため出番が延びてしまったキャラが・・・・・。不敏です。が、なんか不敏さがそのキャラの基本装備な気がしないでもありません。