王妃さまの日常
美男美女揃いの王族の姫として生まれて早18年。
外見も人間性も能力もとんでもなく恵まれた家族の中で何故か彼女だけが地味な外見と特に褒められる所のない平凡な性格と突出した才能など皆無の一般的な能力しか持たなかった。
ここまで毛色が違えば母の不貞やら取り替えなどが疑われそうなものだが双子の妹は才媛と謳われた母そっくりだったことと医師の資格を持つ(母の出産を他の者に任せたくないという理由だけで取得)父本人が取り上げているので一応血の繋がりは疑われてはいない。だがそれ故に周囲の彼女を見る目といえばそれはそれは冷ややかであった。
「王家の恥さらし」「ハズレ姫」などなど親戚臣下国民問わず散々いろいろ噂され、あるいは面と向かって暴言吐かれた。
なまじ両親や兄弟達、数少ない心許せる人たちは彼女に過保護で傍目にもわかるぐらい大切にしてくれたから余計に彼女の存在は彼らの信者の気に障り小さな頃から厭味ややっかみが後を絶たない。
そんな生活環境で育った彼女は当然ながらひねくれた性格に育った。
しかも己に対してのみ捻くれていた。
低すぎる自己評価。
無意識の内ににじみ出る自己否定。
なまじ性格的には気弱でも内向的でもなかったので傍目からは分かりずらく、飄々としているようにしか見えないが彼女の内面には確かに分類しきれないドロドロとした感情が巧妙に隠されていた。
家族を嫌えればよかったのかもしれない。周りの見えない無能だったらよかったのかもしれない。
だが現実は彼女は家族を愛していたし異常なまでに優秀な家族に隠れてはいたが努力型の秀才であり周りがよく見えていた。
見えすぎていたとも言える。
誰かのせいして嘆く弱さ……あるいは保身もなく。彼女はただ己を忌避し、貶めて考える。
優秀でありながら正当に認められない王女。それが夜来王女 凪であった。
苑国の若干二十歳の若き君主である風葉は一年前、苑国と肩を並べる大国である夜来から王妃として第三王女 凪を娶る。美男美女揃いの夜来の血を引きながら平凡な容姿の王女に失望したのか風葉は結婚してから今日まで妻の元を訪ねることはなく事実上の白い結婚状態に結婚数日で「お飾り王妃」と呼ばれ三ヶ月目には「側室を!」と野心ある臣下が声高らかに叫び一年が過ぎた今では完全に「忘れられた王妃」になってしまった。
故郷での扱いに加え嫁ぎ先でのこの仕打ち。病気を理由に公式の場に一切出てこずに後宮に引き篭った王妃は己の身の上を嘆いで暮らして・・・・。
「ぐぅ~~~~~~~~~~」
いなかった。
夫が一度も訪れたことのない王妃とは思えないほど地味・・・・いや質素な部屋(これは彼女にたいして使われるお金が日々削られているため。本人はまったく気にしてない)で凪は机の上でペンを握ったままのん気ないびきをかきつつ眠り込んでいた。その寝顔は健やか等よりかは力尽きて倒れこんだといった方が正しい。
床や机の上に積み上げられた書物に机の回りにいくつも散らばった丸められた紙屑。
よくよく見ればいくつもの本棚がありそのどれにも本がぎっしり詰まってある。女性らしい鏡台やドレスの入った衣装箪笥などかけらも見当たらない研究に没頭する学者のような部屋であった。間違っても一国の王妃、年頃の女性の部屋だとは思えない。
だがここは間違いなく苑国王妃の部屋なのである。
様々な意味で王妃らしくない相応しくないと自他共に認める苑国王妃は美人でもなく整っているとは言えない顔だったが彼女の浮かべる笑みは生き生きとしており彼女の纏う空気はどこか人を安心させた。
そう、彼女は美人ではないし分かりやすい才能に満ちているわけでもないが決して魅力のない女性ではなかった。
周囲の心ない暴言のせいで多少捻くれ卑屈になる所はあるが他者を思いやり笑顔を絶やすことのない優しい心の持ち主だ。
彼女の家族と限られた人間しか彼女の魅力に気付いてはいない。
家族がなまじ誰もが魅了される容姿をもつ者達ばかりだったせいで兄弟たちを優先する者達を見ていた凪は己に興味をもつ者がいるとは全く考えない。
彼女の優しさや笑顔を好ましく思っている人間が確かにいることに全く気付いていない。凪は悪意や嫌悪などの感情にはすぐに気付くのに自身に向けられる好意にはとんと疎かった。
「ぐぅ~~終わった~~~ぞ~~~ぐへぇぇぇ~~~~ぐぅぐぅ」
謎の寝言を言っている姿からはあまり想像はつかないが。
話を今に戻そう。
健やかな寝息を立てつつ眠り続ける凪。そんな凪の部屋に静かなノックの音と共に凪の筆頭侍女である真奈が入室してきた。そして机に伏せて王妃とは思えないほど地味で貧相なよれたドレス・・・・明らかに徹夜しましたと言わんばかりの姿で眠りこける凪に真奈の美しい眉がピクリと神経質に跳ね上がった。
祖国で子供の頃から凪と一緒にいた真奈である。
真奈は凪が徹夜で机に向かっていたこと。昨夜キリのいいところで休むと言ったくせに徹夜したあげくそのまま限界がきて眠りこけたということまで瞬時に見抜いた真奈は静かに怒りを募らせた。
「…………凪様?」
「ぐぅぐぅ………?ぐぐっ?うぅぅぅぅ」
静かな、静か過ぎる声に凪の身体が硬直し、寝息が苦しげなそれに変わる。どうやら本能的に何かを察知したらしい凪が顔を歪めている。
真奈は静かに本当に静かに笑っていた。・・・・目は全然笑ってないが。
「凪様。起きてください。二秒数える間に起きなければ…………お仕置きで」
「にゃぁっぁぁぁぁぁっぁあぁぁdぁd!!!!!ごめんなさぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~!!!!!あれ?真奈?」
命の危機に飛び起きた凪だったが真奈の笑顔を見た途端、彼女の怒りを理解し、硬直した。
「えっとあの~~~~」
「わたくし、言いましたよね?副業はほどほどにしてベットで休んでくださいっていいましたよね?」
「近い!近い!無表情な顔近付けて一息に喋らないで!!!!!」
なまじ人間離れした美しさだから真顔は迫力がある。
無表情の中に隠し切れない感情を敏感に感じ取った凪が叫ぶが真奈は逃がさんと言わんばかりに主の肩を掴む。不敬だの無礼だのこの場にはいや、真奈には当てはまらない。
「いいえ、今日こそは言わして頂きます」
凪の抵抗もなんのその真奈は静かに己の心の内をぶちまけた。
「一国の王妃たる者が副業で徹夜などしないでください」
静かな声できっぱりと言う真奈。凪はあははははと明後日の方向に視線をやりつつ乾いた笑い声を上げて全力で誤魔化した。