王妃さまと後宮 9
「……莫迦ですね」
「ぐっ!!」
抑揚の無い淡々とした口調で一連の事情を聞かされた真奈が開口一番に凪に浴びせたのが冒頭の言葉であった。
無表情にズバリと言われると怒鳴られるより心にくる。
それを身をもって味わった凪は自室にて床に正座させられながら呻いた。
自分の腹心に床に正座させられ莫迦と断じられる大国の王妃。ここ以外では中々見ることが出来ない光景だがここでは珍しくもない光景である。残念としか言いようがない。そして残念な光景は残念な会話と共に進んでいく。
「……何をうっかり猫を被り忘れているんですか。御自分の取り巻く状況をお忘れですか?死にたいんですか?状況を悪化させたいのですか?」
夫の無関心に周囲からの見下しに悪意。凪を取り巻く状況は決して楽観できるものではない。お気楽引き籠り生活をしているように見えても隙を見せれば最悪死んでしまう。それも間違いなく凪の「現実」だ。
まぁ、 小説を書いたりネタを求めて変装したり好き勝手やっているのも現実であるので悲壮感は余り感じないのだが。
真奈の言葉は正しい。うっかりひなたの前で素の自分を出してしまった凪がどう考えても悪い。
ひなただからこそ害は少ないと思えるが別の人間だったらのどんな風に吹聴され利用されるか分かったもんじゃない。
真奈はきっと凪以上に状況を理解しているからこそ軽率な行動をとる主に怒っているのだろう。
床に主を正座させて説教をするという侍女としてはあり得ない戒めの仕方だったとしても。
「……凪様が常人の枠から飛び出したお人柄なのは骨身に染みて存じていますから多少のことは流していましたが………」
「ま、真奈、言い方、言い方を考えて。その言い方遠回しに変人って言ってるし真奈は結構流してくれてな………」
「……何か御意見でも?」
言える立場だとでも?と言う副音声を聞いてしまい口を閉ざす凪。
ますますどちらが主か分からない。そんな凪に真奈は深い深い溜息を吐いた。
「……まぁ凪様への苦言はあとで本格的に時間をかけてするとして」
「えっ!これが本番じゃないの……!!いや、はい、黙ります」
現在受けている正座と小言が前哨戦に過ぎないと知って思わず異議を申しかけた凪だったが真奈に一瞥されただけで自ら口を閉ざした。
「……問題は彼女の処遇ですね」
「はひ!?」
凪の隣で何故か同じく正座をして自国の王妃と侍女のあり得ないやり取りに目を白黒させていたひなたの口からひっくり返ったような声が飛びたす。
明らかに青ざめてしまったひなたを冷静に見ながら真奈が何かを言いかけ……。
「真奈」
それを凪の思いのほか静かな声が止めた。