王妃さまと後宮8
「「「………今日のところはこれで失礼しますわ………」」」
疲れきった顔でよろよろと去っていく三人。その後姿はまるで墓場から出てきたばかりの生ける死体のようですらあった。
嫌味を言う元気すら先ほどの騒動で根こそぎ持っていかれたらしくおとなしく帰っていく。
あの分だと凪がかぶっていた猫を放り投げて地の性格を出していたことも忘却の彼方に飛んでいってしまっているようだ。
まぁ、その後に起きた出来事と遭遇した人種が濃すぎてその直前の記憶がぶっ飛ぶ気持ち、分からないでもない。
「よいしょっと!」
立ち上がると凪は座り込んでぼおっと見上げてくるひなたに手を差し伸べる。
「何か色々ありすぎたけど取り合えずお互い無事みたいね。大丈夫?」
にかっと笑いながら伸ばされた手を誘われるようにひなたは掴む。
掴み返されたその手を凪は軽々と引っ張ってひなたを立ち上がらせた。
とてもじゃないが病弱とか言われている王妃の力ではない。それどころか王妃の手は荒れていてどうしてか指先に黒いインクのような染みまであった。
働くことを知っている手だとひなたは思った。
「いや~~後宮の専属医と看護士があそこまで濃い人物だとは知らなかったわね………なんか色々と疲れさせられたけど嫌味からは逃げられたし悪いことばかりじゃなかった………」
猫をかぶるのを忘れた凪はぺらぺらと地で話す。そんな凪を呆然と見ていたひなたの目に徐々に光が戻ってくる。
「王妃さま」
「ん?なに?」
大変だったわ~~と頭をかく凪にごくりと唾を飲み込みながら恐る恐るひなたは目の前の自国の王妃を伺う。
「あの………言葉使いが違います。それにその、性格も違うとお見受けしますが………」
「…………」
沈黙が二人の間にしばし横たわる。
「……てへ?」
可愛らしく首など傾げてみる凪をじっと見つめるひなた。
困ったような迷ったような顔は見極めるようにただ凪を見つめ続ける。
「もしかして………………………………王妃さま、猫を被っていました?」
冷や汗を流しながらぎぎっと視線をそらす凪。
「王妃さま……」
あはははははっ!と無駄にテンションの高い笑い声を上げて誤魔化そうとする凪だがその笑い声そのものがいつもの猫かぶりと天と地ほどの違いがあることに気づいていない。
じっと見つめられその笑い声すらだんだん小さくなっていきついには消えてしまう。
「…………」
「え~~っと……その~~」
「……その口調にそういえば声も……もしかして……な……」
「うぁ~~あ~~あ~~!」
ひなたの疑惑の声を掻き消すように声を張り上げると凪はひなたの口を押さえる。
「もがっ!」
どうやら猫が飛び去ってしまった凪の言動から以前出会ったナナの姿を連想してしまったらしいひなたに凪は慌てた。
「それは駄目!言っちゃ駄目!あ~~こんな所じゃ目立ってしょうがない!こっち来て!」
ぐいっとひなたを引っ張って凪はひなたを連れてこの王宮で一番信用し信頼している自分の侍女の下へと急いだのだった。