王妃さまと後宮6
(おや~~~~?)
仕事の途中で休憩(誰がなんと言おうと休憩だよ☆)を取っていたら不穏な空気を感じて彼女は視線をあげた。
そしてそこにいる人物達を確認し、そして一際強い気配を発している人物が誰か認識した途端、楽しげに紅の塗られた唇の端をあげた。
(あらあら~~~。あそこにいるのは王妃ちゃんじゃない~~~。いつもの猫は取っ払っちゃってる
♪。きゃは!楽しそうなことが起きているよ・か・ん☆)
可愛いのかうざいのか意見が分かれそうなしゃべり方の少女は寝転がっていた木の枝からまるで猫のように身軽に飛び降りる。
目指すのは修羅場。
(さぁ~~て、愉しんじゃうぞ☆)
「な、なんですの?何か言いたいことがおありですの?」
睨み合いは数秒続いた。
息苦しささえ感じる数秒が過ぎ去ったのち、凪はふわりと笑って見せた。
「言いたいこと?そうですね………色々とありますが………」
笑みを浮かべる凪の目は決して笑っていない。
そのことに全員が気づいていたが誰一人として突っ込む勇気は出なかった。
凪が令嬢達を見据える。
その黒の瞳に見据えられた令嬢達がまるで雷に打たれたかのように身体を震わす。
「………貴族として、恥を知りなさい」
端的に言われた言葉に反射的に怒りが沸いてくる。
反論しようとした口はしかし、鋭い視線に黙らされる。
「貴方の着ている服も血となり肉となる野菜や肉も髪を飾る装飾品も夜眠るときの寝具も………私達の生活全てを支えているのは誰です?あなた方が馬鹿にする貴族以外の身分の人たちです。貴族が特権が認められるのはそれ相応の責務があるからです。それを理解せずただただ特権階級意識だけで他者を貶めるなど愚の骨頂!恥以外の何者でもない!」
迫力の正論に誰も口を挟めない。
令嬢達も口を開こうとするがどうしても反論が出来ないらしく悔しげに下を向いた。
誰もが黙ったその瞬間。
可愛らしくも毒を多量に含んだ甘い声が沈黙を引き裂いた。
「あは☆王妃ちゃんってばかっ~~~こいい~~~♪イチゴときめいちゃう!きゃは☆」
小柄で出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んだナイスバディな肢体を白のミニスカ看護衣につつみ、ふわふわと羽のようにカールした茶色の髪には白い看護帽子。
綺麗にカールした睫に大きな胡桃色の瞳、小さな唇には紅を指し、全身から女らしさを醸し出しているのは服装からして看護師。
この後宮には女医は勿論のこと彼女を助ける看護師も勿論存在している。
だから看護師が後宮にいても可笑しくはない。
ない、の、だが。
どうしてだろう。
喋り方のせいかそれとも巨乳を強調するキツメの看護衣のせいか。醸しだす色気のせいか。
(その道のおねぇさんにしか見えない)
相容れないはずの令嬢と凪とひなたの心の声が今、奇跡の一致も見せていた。
先ほどまで場を支配していたシリアスな空気は彼女の登場により一気に霧散されてしまっていた。
「きゃは☆!そんな疑惑に満ちた目で見られたらドMのイチゴ、興奮しちゃうぞ♪」
「「「…………」」」
形容詞しがたい顔を全員がする。
どうすんの?これ?
その答えは生憎とだれも持っていない。
「え、えっと………どうしましょうか?」
「いや、私に聞かれても」
「貴女王妃でしょ!後宮の人材管理は王妃の仕事ですわよ!」
「「そうですわ!そうですわ!」」
「ちょっ!私に押し付ける気!無理!こういう人材は遠くから観察する分にはいいけど自分で接するには厄介なのよ!対処間違えたらえらいことになるんだから!」
何故だか凪の言葉にはやたらと実感が篭もっていた。
「いや~~~~ん☆!本人目の前にしてみんなひど~~~い!でも興奮し・ちゃ・う・ぞ☆!きゃは!」
身悶えるイチゴと名乗る看護師(?)に全員が即座に目を逸らす。
「王妃。さっさとどうにかしなさい!」
「だからなんで私に押し付けようとするのよ!」
「あ、あのもう少し声を抑えてください………物凄く、喜んでいますから、あの人」
ひなたの言葉に振り向けば頬を赤く上気させ「もっと嫌がって?」と言わんばかりに興奮したイチゴの顔。
凪と令嬢達の顔が同時にゲンナリしたものに変わる。
それを見たイチゴが唇を尖らせる。可愛らしい仕草だがつぎに出てきた発言がその可愛さを粉々に粉砕していた。
「あれ~~~もう終わりなの~~~?もっとも~~~~っとイチゴのことを嫌がって蔑んで罵ってくれていいのに~~~遠慮なんて必要な・し☆」
誰も遠慮なんてしてない。
本当にどうやったらこの場を抜け出せるんだと凪が頭を抱えた時。
「ひゃン☆」
「何を騒いでいるの」
妙に色っぽい声が上がったかと思えば頭を叩かれたらしいイチゴが涙目を背後から新に背後に現われた白衣の女性に向けた。
男性用の服を身に纏いその上に白衣を羽織っている。
遠目から見たら細身の男性に見えるだろうが微かに膨らんだ胸と無表情ながら整った顔は明らかに女性のものだ。
「いや~~~ん☆先生、頭を叩く手に愛がないです~~~ぅ」
「当たり前。そんなものないから」
慰めてください~~~と抱きついてきたイチゴの顔を片手で阻止しつつ先生と呼ばれた女医は呆然と成行きを見ているしかなかった凪たちに気付き、口調を改める。
「失礼。もしかして部下の変態的嗜好に付き合わされた被害者の方ですか?」
あんまりと言えばあんまりな言い方だったが全力で頷きたくなるのはどうしてだろうか?
「せんせいひどぉ~~い!イチゴは変態じゃないもん☆」
「変態って完治不可能の不死の病で認定されてもいいと思うって強く感じるんだ。特にお前という部下を持ってからは強く思う」
「ひどいひどいひどぉ~~~い!」
ぷう~と頬を膨らませながら両手をブンブンと振り回すイチゴだったが顔を抑えられているためそれらは全然届かない。
「黙れ変態」
凍りつくかと思うほど冷たい視線を部下に向けるが寧ろそれは彼女にとってはご褒美のようだ。
「イチゴは変態じゃないよ!でもその蔑みの目と罵りの声にイチゴの胸はと~~~ってもときめく~~~の☆」
いや。その発言は変態だ。
もう何度目になるかわからない心の一致が再び訪れていた。