王妃さまと後宮3
「外れ姫」「見捨てられた王妃」「お飾り王妃」
様々な蔑称にて評されることが多い夜来王女にして苑国王妃 凪。
だが、彼女が公に姿を現したことは苑国では結婚式のみ、母国である夜来ですらそう多くはない。
そのため、美しくない。無能と言われていながら彼女自身を見たことあるものは驚くほど少なく、また人となりを語れる人間もそう多くはない。
数少ない面識のある人間は関わりが深ければ深いほどなぜか凪を貶すようなことを言わない。
様々な噂ばかりが付きまとう凪。彼女は今、疎まれ、蔑まれ後宮の奥深くでひっそりと生きている。
「ネタがなぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~!!!!」
ひっそり?
否。
かなり賑やかにむしろ現状を楽でいいわ~~~と受け入れまくりの自活しまくりな王妃さまは今現在副業兼主財源である執筆活動にて絶賛修羅場中であった。
「あうぅぅぅぅぅぅぅ。のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。ネタ、ネタがなぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!時間もないぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ごろごろごろごろ。
机に伏せて右へ左へごろごろ転がる凪の姿をうっかり見てしまった真奈は黙って扉を閉め、何事か考え、きっちり二十秒後再び扉を開ける。
「ネタ~~~ネタはどごだぁ~~~~~」
飛び込んできたのは死人のごとく部屋を徘徊する凪。ネタを求めさ迷う姿はまさに墓場から出てきたばかりの死人のようだ。
虚ろな目はギラギラとネタを探して辺りをさ迷う。
なんですか、この恐怖小説の一場面。
真奈は無表情ながらも心の中でそう、突っ込んだ。
だが、主が人外になっているのは放置できない真奈はため息をつきつつ部屋に踏み込んだ。
「ネタ~~~~~~」
「……………………人間に戻ってください」
至極真っ当な言葉と共に真奈が凪の後頭部をはたく。不敬もいいところだが真奈の手に迷いはなかった。
ばしぃ!と耳に痛い音が響いて、うろついていた凪は衝撃で数歩前に蹈鞴を踏んだ。
「イタッ!!っう………真奈?」
ぱちぱちと瞬きをしながら叩かれた頭をさする凪。どうやら正気に返ったようだと判断した真奈は無表情に一礼をする。
「人間に戻られたようでようございました」
「私、最初から人間だから!!」
「…………」
無言無表情で返す真奈。無言であること自体が「嘘つけ」と物語っていた。
「ま、真奈さん。なによ。その反応のなさは」
「いえ。なにもございません。それよりも凪さま。原稿の方は」
「はうっ!」
「まだのようですね」
胸を押さえる凪に真奈はわかりきっていたのか特に責めるようなことは言わなかった。
「あ、あのね?全然出来てないわけじゃないのよ?最後のところがね、その………いい終わり方が思いつかなくて………」
ネタに詰まり、先ほどまで人外の者になっていたと、そういうわけかと一人真奈は納得した。
「凪さま………」
「ごめん!!だけど!!ネタさえ降ってくれば一気に書き上げられるのよ!!本当に!!」
「気分転換でもしてきはどうでしょうか?というかして来てください。掃除の邪魔です」
「へ?」
ぽかーんとした顔をした主の背を真奈はグイグイと扉の方へと押しやる。
「はい?」
展開についていけない凪が通常運転になる前に部屋の外へと押しやり、その鼻先で扉を閉める。
「ふぅ………これで気分が変わって、ネタが振ってくればよいのですが………」
でないと掃除がいつまで経ってもできませんからね。と物凄く自分本位な理由で主を追い出した有能な侍女はそう呟き、さして広くもない部屋の掃除に取り掛かった。