王妃さまと後宮2
凪が侍女に変装して潜入した宴から数週間。後宮内では新たに後宮入りする側室候補の話題で持ちきりになっていた。
嫉妬ねたみが混じったそれはお上品な言葉に包まれても悪意は隠しきれておらず、件の令嬢がきたら苛め抜いてやろうという雰囲気がぷんぷん漂っていた。
そんな空気の中、新たな側室候補入りにもっとも神経を尖らせているべきであろう王妃はため息をつきながら新たな側室候補について思いを募らせていた。
「結局、琥珀さんの後宮入りは決定になっちゃったね」
薄いスープに浸し、かちこちに固いパンを柔らかくしてから口に放り込んだ凪はため息交じりにそう呟いた。
噂の側室候補はやはりというか琥珀である。
それを知った時、凪はやはり親の意向に逆らいきれなかったかと暗澹たる気持ちになったものだ。
本人を知っている身としては無理やり後宮入りさせられたであろう彼女に同情の念が沸き起こるのは仕方がない。
「どうにかしてあげたいけど………この国じゃ私、力がないからなぁ………」
口出しなんぞ出来ないし、したところで聞き入れてもらえないだろう。捨てられた王妃が美しい側室に嫉妬して後宮入りを阻止しようとしているとしかとらえられない。
ままならない現実についつい重いため息が凪から零れる。
「出来ることといえば苑王を琥珀さま好みに改造する計画を立案実行するとか?」
「それは実に面白………興味深いお話です。お食事が終わったさっそく話し合いを………」
嫌がらせする気満々な真奈。もちろんただの軽口のつもりだった凪は釘を刺すのを忘れない。
「言っておくけど冗談よ?」
「わかっておりますよ?」
嘘つけと凪は心の中で呟きながら腸詰を口に運ぶ。一通りの食材をゆっくり味わうように租借したのちになんでもないことのように凪は物騒なことを発した。
「スープに遅効性の毒。後は普通通りかな」
「かしこまりました。リストを見る限り、実行犯は大体把握できましたね」
いつの間にか用意した数枚の紙に新たに何か書き込みながら真奈が何人かの名前を挙げる。それに頷きながら凪は王妃のものとはとても思えない質素な朝食を全て胃袋に収めた。
真奈の持つ紙はこの一年、凪の食事に盛られた毒の種類や情報などが事細かに記載されている。
まさか毒殺を企む者達も自分達の犯行を詳細に記載されているとは夢にも思ってはいないだろう。
つくづく規格外の主従である。
「夜来の王族は薬物が効かない体質だというのは意外なほど他国には伝わっていないのですね」
手早く食器を片付けながら真奈が夜来の王宮では公然の事実である夜来王族の特質に触れる。
紅茶を飲みながら凪が呆れたように答えた。
「まぁ、わざわざ吹聴してないしどうして効かないのかよくわかってないからね。それに夜来の王族で毒殺されかかっていたのって私ぐらいだし」
他の家族は熱烈信奉者達がそもそも毒殺などさせないぐらい厳密な警備警護を敷いていたし毒見役だって沢山いた。
ついでにあの家族を毒殺しようなんて考える者がそもそもいない。
盛るなら浚うための痺れ薬か睡眠薬だ。………どちらも効かないけど。
「この体質って毒が効かない代わりに薬も麻酔も効かないからね………短所と長所でとんとんな気がするよ」
大病や大怪我したら確実に常人より死亡率が高いと思われる。
「ところで話を戻すけど琥珀さま、どうにかできないかなぁ」
「現状では難しいかと。己の身を護ることで精一杯の凪さまが琥珀さまにまで手を差し伸ばすことは無理です」
厳しくも現実を告げる真奈の言葉に凪はふうと息を吐く。
「無力だね。私」
「…………………確かに、夜来でよりも更に凪さまは無力になられています。協力者も少なく、この地での地盤は一年かけてもまだ弱い。ですが」
真奈の冷徹な目が凪を射抜く。
「無力のままでいらっしゃるおつもりもないのでしょ?」
無力だ。無能だ。そう囁かれ続ける王妃は何も返さなかった。