王妃さまと宴7 または夫婦のすれ違い(言葉の通り)
宴の準備をしている風を装うためにいくつかの荷物を持ちながら暗い回廊を一人歩いていた。
細い腕に似合わない大荷物だがよろけることもなく軽々と持って歩く凪。
ぴんと背筋を伸ばしあくまで優雅さは失わないその物腰は纏う服をドレスに替えても十分通用しそうなほど洗礼されたものだった。
あの後、宴に戻る真奈達に混じって当然一緒に戻る気満々であった凪だった部屋を出ようとした所で背後に暗黒を背負った真奈に首根っこを掴まれた。
「………ナナさん。貴女にはお仕事を頼みたいのですが?い い で す よ ね?」
無表情の中に確かな怒りを感じて凪はコクコクと高速で頷いた。
去り際には「………大人しくお部屋に帰ってください。………破ったら、説教が伸びますからそのおつもりで」と大きな釘をさされてしまったので今日ももう大人しくしているしかない。
まぁ、収穫はあったし今日はこの辺でいいっか。
物事をあまり引きず、切り替えが早いのが凪の特徴であった。
「な~~んか強烈な子達だったなぁ~~~~。っていうか真奈にバレから後でお仕置きか………とほほ」
がくりと肩を落としながら人気のない回廊を歩く。遠くから聞こえてくるのは宴の喧騒。近くからは庭の梢が夜風に鳴っている音が聞こえてくる。
回廊のあっちこっちに灯された魔法で生み出された光が辺りを照らす。
光に照らされた凪の顔にふと憂いが浮かぶ。
「でも琥珀さん、宴に戻って大丈夫だったかな?………真奈が上手くすると思うけど………ドロドロはネタになりやすいけど誰かを傷つけたりするようなのは嫌だなぁ………」
真奈が目を光らせるはずだからあの側室候補たちも滅多なことはできないとは思うが心配なものは心配である。
特にあんないい子が恥をかかされたり泣かされたりするのは非常に心苦しいものがある。
別れた琥珀たちを心配しながら歩く凪。
一際強く吹いた風に一瞬目を細め、ほぼ無意識に視線を風が吹いた方に向けた凪の黒の瞳がほんの少し、驚きで大きくなった。
「あ………」
向かいの回廊を歩くその人。夜風に吹かれ、光を受け輝く銀の髪。きらびやかな衣装を纏う美しい人。数人の部下と共に宴の会場に向かう苑王に予期せず遭遇してしまった凪は少し動揺した。手に持った荷物を落としそうだったがどうに持ち直し軽く顔を伏せた。一瞬そのままボーと見つめ続けそうになるが今の己の姿を思い出し、慌てて顔を伏せつつ目線だけで苑王を追う。
感情の窺えない美麗な顔は真っ直ぐに前を向いており、一メイドにしか見えない凪には一瞥すらくれない。
苑王の近くにいた騎士が一人、こちらを見た。よく苑王の側に控えている騎士だったと記憶している。だが彼もまさかメイドが王妃だとは思わないのでさして興味がなさそうに再び目を前に戻した。
遠い。あまりにも遠い距離。
月の化身だと言ったのは誰なのか。あまりにもピッタリな名だと初めて聞いた時に思った。
月のように美しいが決して触れることは出来ず、夜でないとその姿を見ることすらできない。
そんな人が凪の名前だけとはいえ夫なのだ。
故郷で出来損ない。嫁ぎ先でも外れ姫と言われ続ける自分には不似合いだ。
きらびやかな一行は回廊を抜け、その姿が消えていくのを凪はじっと見つめ続けた。
苑王達の姿が見えなくなってから伏せていた顔を上げる。その顔にはあまり思い悩んだ影は見当たらないのが不思議であった。むしろ、ニヤリと不敵な笑みが浮かんでいる。夢見るような視線で空を見る。プルプルと震えているのは悲しみではなく歓喜。
「…………ふふっ!相変わらず創作意欲を刺激する美形ぷりだわ~~~~~!!」
今日は色々なネタも拾えたし、ラッキー!!とスキップでもしそうな足取りで歩き出した凪。
冷遇される状況も夫の自分への無関心も全部ネタに変えられる凪の神経は本当に図太い。
夫にネタとしてのときめきは感じても異性に対するときめきは一切感じない。
それが凪という人間であった。