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第2話 我空伝説

 家族のいない隙に、家に帰る。


 八郎の肩には、黒いのがいた。


 黒いのは八郎に「俺のあたらしい弟だから」という由来でつけてもらった〈九郎(くろう)〉という名前が気に入っていて、「クロウ、クロウ、ウググ」と八郎に頭を擦り付けながら、喜んでいた。


 とにかく、八郎はワグウというのを知っている気がした。


 不用心な実家の窓から入って、タンスを調べると、その本が見つかった‥‥‥それは、ふるい家の本で「我空(わぐう)」という神様を信仰していた、ということが書かれた本だった。


 その本を盗んで、図書室に行って、コピーを取って、ファイルに纏めると、家に戻って、その本を破れないように丁寧に直したのを、家の縁側に投げ飛ばした。


 ファイルはというと、岩鷲(がんじゅ)大学にいる、民俗学で有名な論文を書いた(みなみ)蛍市(けいいち)という女教授に見せに言った。


 電話でアポイントメントを取るのには、カンニングペーパーを三通り用意したが、結局ド直球に、「あなたに助けていただきたいんです」と言うと、蛍市先生は「見せてみたまえ」と言った。


 蛍市先生と八郎は、昔に、蛍市先生がフィールドワークで一関の山を登っている時に遭難してしまったのを偶然見つけてから、電話番号を交換し合った仲だった。


 一関から電車に乗って研究室にはいると、九郎は鞄の中からぷはっと顔を出して、「コンカイハヨロシクタノム」と言った。


「喋るカラス‥‥‥ワグウというのは、本当らしいね」

「ワグウを、ご存じで?」

「エエ、エエ、知ってるとも」


 蛍市先生は、ジーンズのズボンに、ブラジャーだけの上半身のままで八郎を研究室に招き入れて、八郎は特に興奮するでもなく──蛍市先生は、とても美人さん──「ワグウって何なんです」と訊ねた。


「君にもわかりやすく言うと、ワグウというのは、由来不明の神様なんだ。日本の神様ではないことは確かで、『我空』という漢字は、空から現れたからつけられた当て字で‥‥‥一説によれば、宇宙からの‥‥‥つまり、エイリアンとか、そこら辺の類だって話」


 ランプシェードの付箋を外しながら、蛍市先生は「本物を見たのは初めてだ」と少し嬉しそうに言った。


「しかし、白じゃないんだね」

「ああ、かくかくしかじかなんです」

「そうか、君はそれで同情しあって、友達になったんだな」

「はい」


 トモダチ!


 九郎は嬉しくなった。


「黒いワグウについても情報はあるよ、たとえばそうだな‥‥‥君がまとめてくれたファイルにも記載があるね。‥‥‥ここ! この一文は君にはネズミの轍にしか見えんだろうけれど、ここは要約すると、『大昔、白いワグウが人々を鬼に変えた時、黒いワグウが勇気ある若者を黒鬼に変え、白鬼を討伐し、岩手に平和を齎した』ってことなんだ。三ツ石の伝説にも繋がってくるような描写だね」

「黒鬼は羅刹鬼ですか?」


 八郎は自分の呟きで首を傾げるにいたる。


「羅刹鬼はワルモンじゃないですか」

「そこは私にも分からんから、実物がいるならこらから分かっていけばいいことだ。私もそろそろ服を着ていいか?」

「エエ、エエ、風邪引かんでくださいよ‥‥‥若い男と一緒にいて、裸になっていて、風邪を引いたとなったら、男は矢で殺されるんです」

「ヒュン! グサッ! みたいに?」

「ヒュン、グサ、チーンっつーかんじ」


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