第1話 黒いワグウ
強力な侵食の性質を持つ保存液の対策として、ガラスは二重になっていた。
そのガラスをがつんがつんと突きながら、白いカラスは、笑っていた。
くちばしにはゴム製のガードがつけられていて、紐でぐるぐると頭に巻き付けてある。
どうやら、いつもこうしてガラスを割ろうとするので、割れないように保護しているらしい。
足の爪も同様の理由により、靴下が履かされていた。
その白いカラスは、「ワグウ」と言うらしい。
語源は不明、由来は不明。
いつの間にか人類のすぐそばにいた、「ほか生物に寄生する生態を持つカラス」である。
虫であったりが生物に寄生をするのは、「寄生虫」という言葉があるくらいなのだから、一般的に認知されているが、カラスのような鳥類がほか生物に寄生をするというのは、一見しただけでも「異常」であるということがわかるだろう。
そのカラスを捕まえて、研究しようという組織があった。
組織は表向きはただの製薬会社だったが、ワグウの発見を受けて、秘密裏にきわめて非合法の設備を整えていった。
パリン!
ワグウ!
大量発生!
「キャーッ! どうも助けてくれ〜!」
大量に発生したワグウによって、チバゴ製薬の研究所では、危険バイオ状態に陥り、それにより、ワグウの、うちの「王」と呼ばれる一体が、職員の身体に寄生した。
その事件は秘密裏に処理されたが、チバゴ製薬にとって不測の事態というものは、立て続けに起こるもので、〈王〉の人間寄生から一週間が経った頃、一関に住む少年が早朝にランニングをしていると、黒いカラスが木の幹のところで震えているのが見えた。
少年・蘭八郎は「腹が空いているんだろうか」と、そのカラスに近づくと、どうやら怪我をしているみたいだったから、シャツでバイキンを触らないように抱え込んで家に連れて帰ると、その傷をみてやった。
八郎は、自分がよく怪我をするものだから、そういう緊急処置のための道具を持っていたし、手際よく傷の処理をする方法を知っていた。
カラスは、その八郎のけんめいな手当によって、八郎の顔を覚えると、よく八郎につきまとうようになった。飛べるようになった頃、部屋の窓から外に放してやると、そのカラスは「アリガトウ」と言った。
「ヤッパリ、ニンゲンハオモチャニナッテシヌベキデハナイト‥‥‥ワカッタ‥‥‥オマエノヨウナ、イイヒトガ‥‥‥コロサレルノハ、ソレハ、ソレハトテモ‥‥‥オソロシイ‥‥‥」
カラスの言葉は人真似ではなく、感情のこもったものだった。
聞けば、この黒いカラスはワグウというらしい。
「楽しい」とか「嬉しい」という感情を持って生まれてくるワグウという生き物のなかで、唯一この黒いのは、「怖い」という感情を持って生まれてきてしまったらしい。
びくびくしている鳥コロなんていうのは、一族からしてみれば、価値のないものらしい。
八郎はその事を聞きながら「わかるなぁ」と言った。
「俺も、家の中でひとりだけ勉強のできない人間で、喧嘩っ早いのもあって、家族から嫌われてたんだ。それで、家を出て一人で生きてんだよ。このバラックでさ。そうだ、お前、家がないなら俺と一緒に生きよう。跳ねっ返り同士でさ、仲良くやろう」
黒いのは、八郎のやさしい言葉を聞いて、どこか時代劇で見るような、女郎の演技みたく羽で涙をぬぐった。
その小さな頭を撫でながら、「ワグウね」と呟いた。




