表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

記憶は、嘘と想い出でできている

作者: しぃ太郎


「久しぶり」


 それは、初めて見る男性だった。

 銀髪に青い瞳。

 一度見たら忘れられないような、美しい色彩なのに。


 その彼に、幼馴染として挨拶をされた。


 ――誰?


 記憶にない。


 そして。

 確かに笑顔なのに……どうして。

 彼のその瞳が、ガラス玉のように見えるのだろうか。


 ◇◇◇


「リオネル!いつ帰ってきてたんだよ」


 兄が玄関先で、その人の肩を叩く。親しげな様子だった。

 彼は苦笑いでそれを受け止めていた。


「つい先日。やっぱり生まれた国が一番だよ。文化が違って大変だった」

「あらあら、寒いでしょう?早く中に入って」


 母が、二人を促して招き入れる。

 今日は特に風が冷たかった。しかし、それ以上に私を凍えさせる彼の青い瞳。

 幼馴染を名乗る、「リオネル」。


「久しぶりだね、エミリア。昔はよく一緒に遊んだじゃないか。懐かしいね?」


 私が?やっぱり記憶にない。


「あ、あの……。お久しぶりです」

「どうしたの。僕に敬語なんて使わなかったのに」


 家に入ると、愛犬がリオネルに尻尾を振って纏わりついていた。

 知らない人には懐かない、気難しい性格なのに。


 突然現れた人物は「幼馴染」を名乗っている。

 家族の誰もがそれを疑わず、受け入れている。

 私にだけ、その記憶がないの?


 ――何が正しいのか。


「なんだ、ご両親はまだ向こうにいるのか」

「はい。身軽な僕だけ先に帰ってきました。しばらくの間、こちらにご厄介になりますが、よろしくお願いします」


 晩餐時に家族が揃った。

 父が、ワインを飲みながら笑顔でリオネルに話しかける。

 母が彼にどんどんと料理を勧める。

 兄とは軽口を叩きあっている。


 この場で、私一人が浮いていた。


 ◇◇◇


 食後に、兄とリオネルと三人でカードゲームをする事になった。

 彼から、時折視線を感じるが、私はずっとカードだけを凝視した。


「あの日から、お前――。いや、元気だったか?」


 兄も何かしらに気づいたのだろうか。

 リオネルは答える変わりに、綺麗な笑顔を作った。


「荷物から懐かしいものを発見してね。久々に会うから持ってきたんだよね」


 彼は、胸元からロケットを取り出した。

 中には――。


 幼い子供が並んで描かれていた。

 私だった。

 ごくりと喉が鳴った。


 ちゃんと、幼い頃に二人並んで描かれている絵もある。

 何故記憶がないのか。

 おかしい。


「リオネル……。昔の私はどんな子だった?」


 一拍置いて。

 彼は静かに答えた。


「……今と変わらないよ」

「そうだったかしら。昔の私はもっと――」


 そこで、ふと疑問に思った。

 もっと?私は今、何を言いかけたのだろうか。


「……いや、ほら。昔の話だしな。リオネル、向こうではどんな生活してたんだ?」


 私が無言になってしまったからか。

 兄が露骨に話を逸らした。

 リオネルはしばらくの間、兄と世間話を続けていた。


「エミリア。そういえば、もう日記はつけてないの?」

「……ええ。いいえ、まだ付けてる」


 しかし、不意にこちらに話を振る。

 穏やかな声の中に、歪なものが混じっている気がした。

 思わず、声が上擦った。


 彼の質問の意図が分からず、顔色を窺いながら答える。

 何故、本当のことが言えず、嘘が口をついて出たのか。

 私にもわからなかった。


「……そう。昔から続けてるんだ?凄いね」


 彼に言われて胸の奥がざらついた。


「今、ちょっと困ってる?……髪、触ってるよ」


 そう指摘されて、はっとする。

 今、私は無意識に髪を耳にかけていた。

 ――昔からの癖だった。


 呼吸が浅くなる。

 日記。

 いつから書かなくなったんだろう。

 昔は毎日書いていた。


 たまに、遊んだ――あれは……。

 記憶のどこかに引っかかるが、思い出せなかった。


 日記がここにあれば、リオネルの事を思い出せたのだろうか。

 だが、どこにやったのか。

 その記憶すらなかった。


 ◇◇◇


「もうこんな時間だ。エミリア、そろそろ部屋に帰れ」

「おやすみなさい」


 結構な時間が経っていたのだろう。

 暖炉の薪が崩れていく音がした。


 兄が声をかけてくれたので、私は立ち上がって退室の挨拶が出来た。

 ――ようやく息がつける。

 ほっとしたのもつかの間で、再び彼が口を開いた。


「じゃあ、僕も部屋に案内してもらおうかな。いいよね、エミリア?」

「……リオネル。それは俺が――」

「久しぶりに二人で話したいんだ」


 兄が渋って断ろうとするが、彼はきっぱりと断ってしまう。


「ね?いいよね、エミリア」

「……。」


 嫌とも言えず、押し切られる形で部屋を後にした。

 助けを求めて振り返ったが、兄はリオネルが危害を加えるとは思っていない様子だった。

 笑顔で手を振られる。

 ……なぜ。


「ずいぶんと信頼されてるのね」

「まぁね。幼い頃から家族ぐるみの付き合いだったから」

「……そう、なのね」

「やっぱり。覚えてないんだね。君は――」


 リオネルの言葉に、自然と足が半歩後ろに下がった。

 何かを暴かれそうで、指が強張る。


 そこで彼は口を閉ざし、窓のほうを見て呟いた。


「僕から、色々なものを奪っていくんだね……」

「……え」


 いつの間にか、客間の前に立っていた。

 彼はその扉を開き。


「おやすみ。寒いから、ちゃんと暖かくしてね」


 ――そのまま、私の前で、パタリと扉がしまった。


 ◇◇◇


「雪が振ってきたわ」

「エミリア。風邪を引くから」


 母は、天候が悪い日はいつも私を心配する。

 ――もう、子供ではないのに。

 今まで気にもしなかったことが、どんどんと違和感として溜まっていく。


 夜のうちに振った雪は思った以上に積もっていた。

 ここ数年以来の大雪らしい。


 何かが引っかかる。

 理由が分からないまま、じっとしていられなかった。


 暖かい部屋でじっと窓の外を見る。

 庭中が白く染まっている。


 そんな時、部屋にノックの音が響いた。

 ――リオネルだった。


「少し歩きに行かない?……滅多にないでしょう。こんなに雪を見るのは」


 ここで、彼にすべての疑問をぶつけてもいいかもしれない。


 彼は怪しすぎる。

 何故、私の事をよく知っているかのように話すのか。

 何故、幼馴染を名乗るのに私の記憶がないのか。

 きちんと確かめるチャンスかもしれない。


 彼が何者なのかわからない。

 ――けれど、私の記憶の方がもっと疑わしい。

 何かを、忘れている……そんな予感が胸を騒がせた。


「いいわ。私も……あなたに話がある」

「じゃあ、行こうか」


 雪を踏みしめながら、ゆっくりと歩く。いつもの散歩道が、まるで別物のようだ。

 愛犬だけが、軽やかに進んでいく。


 どうやって話を切り出せばいいか分からない。

 重い沈黙が落ちる中、私の足が滑った。


「……あ!」

「危ない……!気をつけて」


 腕を掴み、支えてくれる。

 その顔には、心配の色しか浮かんでいなかった。

 いつもは、感情の読めない瞳で私を見るのに――。


「……昨日言っていた、私が、あなたから奪ったものって何?」

「……あの時は、感情的になっていたんだ」

「お願い、答えて!」


 彼は溜め息をついて首を振った。


「正直、ずっと……君を恨んでると思ってた。でも……」


 彼は一度言葉を切った。


「もういいかな。このままでも、うん……いいよ」


 雪が降り積もった裏の林まで来た。

 いつもと違う、真っ白に染められた世界。


 犬が雪に飛び込んで、走っていく。

 リードが強く引っ張られ、手放してしまった。


「ベル!」


 雪景色の中を犬の背中を見送る。

 追いかけなくては――。


 その瞬間、記憶が重なった。



「行かないで!」


 あの子は止まらなかった。


 これは――。


 その時、脳裏に映し出された何か。

 自然と前屈みに足が崩れる。


「私、この景色……見覚えがあるわ。あの日、誰かと……」


 頭痛がする。

 痛む頭を押さえて。

 勝手に頭の中に流れてくる映像に耐えた。


「雪が振ってた」


 そう。


 あの日も、こんな風に。


「あの子を……見失って……」


 大切な友だち。


 幼い頃、よく遊んでいた男の子。


「……なんでこんな重大なことを忘れていたのかしら……」


 雪の中に消えてしまった子。

 ベルを追いかけて、戻ってこなかった。


「僕もいたよ。君と一緒に探し回った。……見つかったのは翌日だった」


 彼は、一度息をついた。


「僕もそこにいた。なのに君は一人で背負った」


 ドサリ。

 どこかで雪が崩れた音がする。


「だから……心底憎んだよ」

「……そうだったの」


 昨夜振った雪は、陽光に照らされて既に溶けかけていた。

 地面からは草が覗いている。


「……あの子の名前、それから思い出を教えてくれる?」

「ああ。僕も君に話したかったんだ」


 彼は切なげな声で。

 ただ、その表情は、雪に光が反射してよく見えなかった。




 散歩を終えて、家の中に戻ると、彼は一冊のノートを取り出した。

 見覚えがある。

 私の日記だった。日付けを見ると、七年前で止まっていた。


「君があの日、外に放り投げたものだよ。……僕が拾って、ずっと持っていた」


 二人で読み返してみた。拙い、幼い文字で色々な事が書いてあった。

 たまに笑い、涙が浮いた。


 そして、今日の日付を、新しいページに書き加えた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ