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あまりに残酷で幻想な大地で、僕たちは優しさの使い方をまだ知らない  作者: 抄録 家逗


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4/25

森を抜けた先、名も知らぬ街

 森を抜けると、空気が変わった。

 鈍色の空は依然として重く垂れ下がっているが、木々の影は薄れ、風の通り道ができていた。昨日までの恐怖の森が、ようやく背後に去った実感があった。


 クロは短剣を握ったまま周囲を警戒し、目を光らせながら歩く。肩の傷はまだ完全に癒えておらず、歩くたびに痛みが走る。俺は剣を握り、後ろからミナとレオンを守るように歩いた。


 ミナは小柄な体を揺らしながら、枝や倒木の隙間を縫うように進む。

「……もう、あんな恐ろしいもの、見たくない……」

 小さく震える声で呟く。


 レオンは黙って棒を握り、時折振り返って俺たちを確認する。誰もが、森で味わった恐怖と死の重さを抱えていた。


 森を抜けた先に見えたのは、廃墟のような街だった。瓦礫の山、崩れた建物、黒く焼けた壁。ここにかつて人が住んでいた形跡はあるが、今は死と静寂だけが残っている。


 俺たちは慎重に歩を進めた。

 足元の砂利や瓦礫を踏むたび、壊れた家屋の中から何かが落ちる音が響く。気配に敏感になった体は、一歩ごとに緊張で固まる。


「……誰もいない……よね?」

 ミナが震える声で訊く。


 クロが首を振る。

「……いそうでいない、そんな感じだな……」

 短剣を握る手に力が入り、周囲を警戒する。


 街の中央に近づくと、崩れた市場跡が見えた。店の棚は倒れ、木箱は散乱している。泥にまみれた食べ物の残骸もある。

 誰かが生きていたのなら、ここにいたのだろう。だが、今は静寂が支配している。


 ふと、建物の陰で小さな動きがあった。敵――何かがこちらを覗いている。

 俺たちは一斉に武器を構える。体が緊張で固まり、息が詰まる。


 敵はゆっくりとこちらに近づいてくる。人間の形ではない。泥色の皮膚、濁った黄色の目、鋭い牙。昨日森で出会った、あの「名前のない存在」の一体だ。


 クロが短剣を握り直し、俺も剣を前に突き出す。ミナも棒を握り、息を殺す。

 敵は低く唸り、跳躍して襲いかかってきた。


 俺は剣を振る。刃が肩に浅く当たり、痛みが指先に伝わる。敵は呻き、体勢を崩さずに再び襲いかかる。


 ミナは棒を振るが、敵は素早く避け、かわす。

「……くっ……!」

 ミナは声を震わせる。目の前で仲間が倒れる光景を、もう何度も見たくないと必死な形相が物語る。


 クロが短剣を投げ、敵の腹に突き刺す。敵は一瞬怯むが、鋭い爪でクロの腕を引っ掻く。血が飛び散り、クロは唸り声を上げた。肩の傷が再び痛む。


 レオンが棒で敵の足を払う。倒れる寸前で、敵は後ろに跳ね返り、再び立ち上がる。

 俺たちは互いに連携を取りながら戦う。恐怖に押し潰されそうになりながら、必死に守り、必死に攻撃する。


 戦いは街の通り全体に広がった。瓦礫が散り、塵と埃が舞う。叫び声と金属の衝突音が響き、街全体が死と恐怖の舞台になる。


 幾度目か、敵を再び斬りつけ、俺は息を整える。クロは腕を押さえ、痛みに顔を歪める。

「……大丈夫か?」

 俺が訊くと、クロは短く頷く。だが、痛みと恐怖は消えない。


 ミナも立ち上がる。血で汚れた手を見て、震えが止まらない。

「……私、もう……怖くて……」


 レオンは何も言わず、ただ棒を握る手に力を入れ、周囲を警戒している。沈黙が不安を増幅させる。


 俺たちは短い休息を取るため、廃墟の隅に腰を下ろした。

 瓦礫に座る体に疲労がどっと押し寄せる。腕や脚の痛みだけでなく、心の疲労も圧し掛かる。


 森を抜け、街に辿り着いても、平穏はない。死の影は常に隣にある。仲間を守るためには、恐怖を押し殺し、前に進むしかない。名前も知らぬ敵の存在を理解しなくても戦わなければならないのだ。


 鈍色の空の下で、俺たちは再び立ち上がる。

 戦い、傷つき、恐怖を押し込みながら、それでも生き延びるために歩を進める。


 ミナも、小さく手を握りしめ、必死に息を整える。

「……もう、逃げられない……けど、負けられない……」


 森を抜け、廃墟の街を通り抜けた俺たちは、今日も死と隣り合わせで生き延びる。

 名前も過去も知らないまま、今日も誰かが死に、誰かが生き延びる――

 それが、この残酷な幻想の大地のルールなのだと、改めて理解した。

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