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あまりに残酷で幻想な大地で、僕たちは優しさの使い方をまだ知らない  作者: 抄録 家逗


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2/25

名も知らぬ死体と、名も知らぬ街

 朝の光はなかった。灰色の雲が空を覆い、地面はまだ昨晩の雨でぬかるんでいる。冷たい風が頬を撫でるたび、死体の腐臭が鼻腔を刺激した。


 目の前には、昨日戦った「何者か」の姿はもうない。ただ、残された跡――血と足跡、そして無言で横たわる仲間――だけが、この世界の現実を突きつけていた。


 俺――ショウタ――は、倒れた仲間たちの横で、手にした剣をぎゅっと握りしめる。震える手を押さえるようにして、ただ呼吸を整える。


「……俺たち、どうすればいいんだ……」


 小柄な黒髪の少女、ミナが、泣きそうな顔で震えている。言葉は出ない。出せるはずもない。あまりにも現実が残酷すぎた。


 目つきの鋭い少年、クロも、倒れた仲間の側でうなだれている。彼の目には、昨日の戦いで見た光景が焼き付いて離れないことが映っていた。


 レオンが口を開いた。「……とにかく、生き延びるしかないんだよな……」

 震える声で、昨日の戦闘を思い出す。俺も、ミナも、クロも。五人で始まったはずのパーティは、もう四人しかいない。


 俺たちは、自分たちの名前すら正確に思い出せないまま、この地で生き延びなければならない。名前も姿も知らない敵に、理不尽に命を奪われながら。


 少し歩いて、ぬかるみの先に廃墟のような街の跡を見つけた。瓦礫の山、崩れた家屋、黒く焼けた壁。ここに住んでいた人々は、もういない――あるいは、俺たちが生き延びるために気づく前に死んでいたのだろう。


 街の中を慎重に進む。足を取られながら、あたりを警戒する。昨日の恐怖がまだ体に残っている。

 だが、何もせずに立ち尽くすわけにはいかない。空腹も、疲労も、現実の重みとして俺たちを押し潰そうとしていた。


 廃墟の隅で、ミナが小さな声を漏らした。「……あの人たち、どうして……」

 何も答えられない。言葉を濁すしかない。答えがあるなら、誰かに教えてほしい。けれど、ここには答えはない。


 その時、不意に瓦礫の間から、影が動いた。

 俺たちは反射的に剣や短剣を構える。体が、昨日の恐怖を覚えている。


 影はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。姿は異様で、人間とは思えない。濁った黄色の目が光り、泥色の皮膚がぎらつく。手には錆びた刃物。


 名前は分からない。知ることもできない。敵の正体は、今はまだ、俺たちには分からない。


 ――けれど、知る必要もない。襲ってくる時点で、全てを奪いに来る。生かすつもりなど、最初からないのだ。


 四人で始まった戦いは、今日も繰り返される。

 足は震える。呼吸は荒い。だが、死ぬわけにはいかない。

 ここで倒れたら、もう二度と起き上がれないのだから。


 瓦礫の間に潜む敵に、俺は一歩踏み出す。

 恐怖を押さえ込み、剣を前に突き出す。ミナもクロもレオンも、それぞれ戦う準備を整える。


 ――これが、この世界で生きるということ。

 名前も過去も知らないまま、今日も死と隣り合わせで戦わなければならない。


 灰色の空の下、無言の戦いが、また始まろうとしていた。

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