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あまりに残酷で幻想な大地で、僕たちは優しさの使い方をまだ知らない  作者: 抄録 家逗


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18/25

幻闘士の弟子入り、七日間の地獄〜五日目〜

 夜明け。

 身体を起こした瞬間、全身が悲鳴を上げた。


「……っ」


 四日目までの疲労が、骨の奥にまで溜まっている。

 だが、不思議と“動けない”という感覚はなかった。

 重いが、確かに動く――そんな身体だ。


 アヤはすでに起きていて、簡素な朝食の準備を終えていた。


「今日は、“避ける”のはもう終わり」

「……じゃあ」

「ええ。“斬る”番よ」


 その言葉に、胸がわずかに高鳴った。


*****訓練場跡*****


 いつもの訓練場。

 朝霧がまだ地面を這っている。


 アヤは木剣を二本、地面に置いた。


「今日はまず、これ」

「木剣……」


「幻は“触れないもの”じゃない。

 感じた瞬間、それは現実と同じになる」


 俺は木剣を拾い上げ、構える。

 いつもの鉄の剣よりも軽いが、油断できない。


「まずは、目を閉じなさい」

「……また、ですか」


「当然よ。今日は“感覚だけで斬る”」


*****午前*****


 目を閉じた瞬間、周囲の音が研ぎ澄まされた。


 ――風。

 ――葉の揺れ。

 ――地面を踏む、アヤの僅かな重み。


 その中に、混じる“異物”。


 空気が、切り裂かれる気配。


「……来る……!」


 直感が叫んだ瞬間、俺は木剣を振る。


 ――カァン!


 確かな“手応え”。


 だが、直後に衝撃が肩を打った。


「……くっ!」

「今のは、“半分”だけ斬れてる」


 アヤの声は淡々としている。


「気配を捉えるのは合格。でも、軌道の“終点”まで読めていない」


 そこから、地獄が始まった。


 斬る。

 弾かれる。

 打ち返される。

 転がる。


 幻の刃は、次第に数を増していく。

 一撃、二撃では終わらない。


 俺の反応が遅れれば、容赦なく“打撃”として返ってくる。


*****昼*****


 昼休憩。

 地面に仰向けになったまま、俺は息を整えていた。


「……昨日より、きつい……」

「当然でしょ。今日は“攻撃側”なんだから」


 アヤは平然としているが、目は、俺の動きを確実に評価している。


「でも、最初に比べれば――“振れて”いる」

「……振れてる?」


「幻に“届いてる”ってこと」


 その言葉に、わずかな希望が灯った。


*****午後*****


 午後は、さらに過酷だった。


 幻の刃が、三方向から同時に来る。


 右、左、上。


 避ける余裕はない。

 斬り落とすしかない。


「……っ、はぁ……っ!」


 木剣が弾かれ、手の痺れが腕に走る。


 だが、諦めない。


 視覚じゃない。

 音でもない。

 “気配の重なり”のズレを、ただ信じる。


 ――今だ。


 俺は半歩踏み込み、木剣を横一文字に振り抜いた。


 ――三つ分の衝撃が、一本に重なって返ってくる。


「……斬れた……?」


 アヤの声が、わずかに低くなる。


「……今のは、ちゃんと“全部”斬ったわ」


 胸の奥が、熱くなった。


*****夕方*****


 最後の仕上げとして、アヤは言った。


「今からは、“避けるな”。全部、斬りなさい」

「……全部?」


「ええ。来る幻、すべて」


 細かい説明はなかった。

 だが、直感でわかった。


 これは――生き残る訓練じゃない。殺しきる訓練だ。


 幻の攻撃が雨のように降り注ぐ。


 斬る。

 弾く。

 踏み込む。

 振り返る。


 木剣が、軋み、震え、それでも俺の手を離れなかった。


 最後の一撃を斬り払ったとき、俺は膝から崩れ落ちた。


 息ができない。

 肺が、焼ける。


「……合格」


 その一言で、全身の力が抜けた。


*****夜・アヤの家*****


 湯浴みの冷水が、傷だらけの身体に容赦なく刺さる。


「……痛ぇ……」

「それが今日、ちゃんと“戦った証拠”」


 夕食はいつもの煮込み。

 だが今日は、味がやけに濃く感じた。


「避けられるようになって、斬れるようになった……」

「次は、その両方を“同時”にやらせるわ」


 俺は思わず、乾いた笑いを漏らす。

「……まだ、上があるんですね」

「まだ“入口”よ」


*****就寝前*****


 寝台に横になると、腕がまだ微かに震えていた。


 今日、俺は初めて――

 “見えない敵を斬った”。


 それは、剣士としても、幻闘士としても、

 確かな一歩だった。


「……レオン、ミナ……クロ……」


 七日後の再集合まで、あと二日。


「……今の俺なら……何か、持ち帰れるはずだ」


 そう思いながら、意識は深い眠りに沈んでいった。


 こうして――

 幻闘士修行、五日目が終了した。


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