幻闘士の弟子入り、七日間の地獄〜五日目〜
夜明け。
身体を起こした瞬間、全身が悲鳴を上げた。
「……っ」
四日目までの疲労が、骨の奥にまで溜まっている。
だが、不思議と“動けない”という感覚はなかった。
重いが、確かに動く――そんな身体だ。
アヤはすでに起きていて、簡素な朝食の準備を終えていた。
「今日は、“避ける”のはもう終わり」
「……じゃあ」
「ええ。“斬る”番よ」
その言葉に、胸がわずかに高鳴った。
*****訓練場跡*****
いつもの訓練場。
朝霧がまだ地面を這っている。
アヤは木剣を二本、地面に置いた。
「今日はまず、これ」
「木剣……」
「幻は“触れないもの”じゃない。
感じた瞬間、それは現実と同じになる」
俺は木剣を拾い上げ、構える。
いつもの鉄の剣よりも軽いが、油断できない。
「まずは、目を閉じなさい」
「……また、ですか」
「当然よ。今日は“感覚だけで斬る”」
*****午前*****
目を閉じた瞬間、周囲の音が研ぎ澄まされた。
――風。
――葉の揺れ。
――地面を踏む、アヤの僅かな重み。
その中に、混じる“異物”。
空気が、切り裂かれる気配。
「……来る……!」
直感が叫んだ瞬間、俺は木剣を振る。
――カァン!
確かな“手応え”。
だが、直後に衝撃が肩を打った。
「……くっ!」
「今のは、“半分”だけ斬れてる」
アヤの声は淡々としている。
「気配を捉えるのは合格。でも、軌道の“終点”まで読めていない」
そこから、地獄が始まった。
斬る。
弾かれる。
打ち返される。
転がる。
幻の刃は、次第に数を増していく。
一撃、二撃では終わらない。
俺の反応が遅れれば、容赦なく“打撃”として返ってくる。
*****昼*****
昼休憩。
地面に仰向けになったまま、俺は息を整えていた。
「……昨日より、きつい……」
「当然でしょ。今日は“攻撃側”なんだから」
アヤは平然としているが、目は、俺の動きを確実に評価している。
「でも、最初に比べれば――“振れて”いる」
「……振れてる?」
「幻に“届いてる”ってこと」
その言葉に、わずかな希望が灯った。
*****午後*****
午後は、さらに過酷だった。
幻の刃が、三方向から同時に来る。
右、左、上。
避ける余裕はない。
斬り落とすしかない。
「……っ、はぁ……っ!」
木剣が弾かれ、手の痺れが腕に走る。
だが、諦めない。
視覚じゃない。
音でもない。
“気配の重なり”のズレを、ただ信じる。
――今だ。
俺は半歩踏み込み、木剣を横一文字に振り抜いた。
――三つ分の衝撃が、一本に重なって返ってくる。
「……斬れた……?」
アヤの声が、わずかに低くなる。
「……今のは、ちゃんと“全部”斬ったわ」
胸の奥が、熱くなった。
*****夕方*****
最後の仕上げとして、アヤは言った。
「今からは、“避けるな”。全部、斬りなさい」
「……全部?」
「ええ。来る幻、すべて」
細かい説明はなかった。
だが、直感でわかった。
これは――生き残る訓練じゃない。殺しきる訓練だ。
幻の攻撃が雨のように降り注ぐ。
斬る。
弾く。
踏み込む。
振り返る。
木剣が、軋み、震え、それでも俺の手を離れなかった。
最後の一撃を斬り払ったとき、俺は膝から崩れ落ちた。
息ができない。
肺が、焼ける。
「……合格」
その一言で、全身の力が抜けた。
*****夜・アヤの家*****
湯浴みの冷水が、傷だらけの身体に容赦なく刺さる。
「……痛ぇ……」
「それが今日、ちゃんと“戦った証拠”」
夕食はいつもの煮込み。
だが今日は、味がやけに濃く感じた。
「避けられるようになって、斬れるようになった……」
「次は、その両方を“同時”にやらせるわ」
俺は思わず、乾いた笑いを漏らす。
「……まだ、上があるんですね」
「まだ“入口”よ」
*****就寝前*****
寝台に横になると、腕がまだ微かに震えていた。
今日、俺は初めて――
“見えない敵を斬った”。
それは、剣士としても、幻闘士としても、
確かな一歩だった。
「……レオン、ミナ……クロ……」
七日後の再集合まで、あと二日。
「……今の俺なら……何か、持ち帰れるはずだ」
そう思いながら、意識は深い眠りに沈んでいった。
こうして――
幻闘士修行、五日目が終了した。




