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あまりに残酷で幻想な大地で、僕たちは優しさの使い方をまだ知らない  作者: 抄録 家逗


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17/19

幻闘士の弟子入り、七日間の地獄〜四日目〜

 夜明け前。まだ街は静かで、遠くで鶏が鳴く。

 俺は昨夜と同じ寝台から起き上がり、身体を軽く伸ばす。


 昨日までの“逃げる修行”で、筋肉は鉛のように重く、だが頭は冴えていた。

 昨日までの反射と判断の感覚が、少しずつ身体に沁み込んでいる。


「……おはよう、ショウタ」

 アヤの声で現実に戻る。

 彼女は短剣を腰に帯び、既に戦闘態勢だ。


「今日は“幻を見て動く”」

「……幻?」


 昨日までの訓練は、すべて“現実の攻撃”を避けるためのものだった。

 だが今日は、実体のない攻撃を避ける――幻に触れるという。


*****訓練場跡*****


 朝露で濡れた地面に立つと、アヤが俺の周囲をぐるりと一周する。


「目を閉じなさい」

「……え?」


 半信半疑で目を閉じる。すると――

 風の気配、地面の小石の感触、遠くの木の葉の揺れ。

 昨日までは視覚と聴覚で回避していたものが、今は意識の中心になった。


「ここからは、目じゃなく“感覚”で判断する」


 その瞬間、空気が変わる。

 地面の振動。

 視界に映らない何かの気配。


 俺の身体が、一瞬にして反応する。


*****午前*****


 短剣が、視界に現れないまま飛んできた。

 俺は直感で踏み込み、躱す。


 次は右側。

 地面を踏む圧の違いで、距離を測り、転がる。


 目を閉じたまま、何度も攻撃を受ける。

 手応えは、ない。痛みもない。だが――

 生死の緊張は、昨日以上だ。


「感覚を、信じなさい」

 アヤの声が、周囲の風と重なって響く。


 午前の終わり、俺はまだ倒れない。

 だが、幻の攻撃は、一瞬たりとも油断を許さない。


*****昼*****


 昼食は昨日同様、干し肉とパン、水。

 ただ、今日は口に入れる前に、一呼吸置く。


 午後の訓練は、“攻撃が視覚化される”段階に入る。

 短剣の軌道は、かすかに光の揺れとして目の端に映る。

 目で捉えた瞬間、反応が遅くなるため、感覚で予測することが重要だ。


 最初は失敗ばかりだった。

 幻の短剣にかすめられ、地面に倒れる。

 だが、昨日までの経験が身体に染み込み、少しずつ回避率が上がる。


*****午後後半*****


 アヤは突然、足元の板を叩いた。

 それが小さな衝撃波となり、幻の攻撃がさらに複雑に絡み合う。


 視覚だけに頼れない状況。

 身体と意識を、攻撃の“気配”に集中させる。


 何度目かの挑戦で、短剣が頭上をかすめる。

 直感と反応が噛み合い、初めて――完全に躱す。


「やっと、見えたわね」

 アヤの声に、胸が熱くなる。


 目を閉じたままでも、攻撃を感知し、避けられる――

 それが今日の成果だ。


*****夕方*****


 地面に座り込み、呼吸を整える。

 心地よい疲労感とともに、頭が冴え渡る感覚。

 昨日までとは違う、“戦う身体”がここにある。


「今日の進歩は大きい。あなたの感覚は、目よりも先に動いているわ」


 アヤが短剣を鞘に戻し、俺の肩に軽く手を置く。

 その瞬間、達成感が静かに込み上げてきた。


*****夜・アヤの家*****


 布団に横たわると、身体の重みが床に沈む。

 だが、頭の中は今日の動きの再生でいっぱいだ。


 幻を避け、空間を読む。

 直感と反応――

 それらを信じることが、幻闘士としての第一歩。


「……明日も、さらに……」

 小さく呟く。

 アヤの声が、壁越しに聞こえる。


「明日は、“幻を斬る”よ」

「……斬る……?」


「ええ。見えなくても、感じるものを切り刻む。幻の攻撃に反撃するのよ」


 その言葉に、眠気は一瞬で吹き飛んだ。


 こうして――

 幻闘士修行、四日目が終わった。


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