託す銀貨、それぞれの道
夜。討伐を終えた九人は、ギルド近くの酒場に集まっていた。
木製の長机に並ぶ酒と料理。昼の戦場とは別の、少し賑やかな空気が漂っている。
「まずは――無事を祝って」
ユースが控えめに杯を上げる。
「「乾杯!」」
木でできた杯の音がカコンッと重なり、張り詰めていた緊張がようやく溶けていった。
ガルドは豪快に酒をあおり、ハーグは静かに肉を切り分けている。セラは少し離れた席で弓の手入れをしながら、時折こちらを見るだけだった。
リリィはミナの隣に座り、湯気の立つスープを差し出す。
「ミナちゃん、ちゃんと食べないと」
「……うん。ありがとう」
レオンは卓の中央で、今日の戦いを簡潔に振り返った。
「前衛の盾が安定していたのが大きかった。ガルド、助かった」
「当然だ」
太い声で即答する。
「中衛の連携も良かった。ハーグの槍がなければ、ゴブリンを押し返しきれなかった」
「役割を果たしただけさ」
ユースは少し照れたように笑った。
「回復は最低限だったね。もっと余裕があれば、前に出る人たちをもっと支えられた」
クロが低く呟く。
「……いや、十分すぎるほどだった」
俺も頷く。
「ユースがいなかったら、何人かは怪我が深くなってた」
ユースは一瞬だけ驚いた顔をして、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
*****数時間後*****
酒が進むにつれ、その時間が“終わりに向かっている”ことを誰もが感じ始めていた。
ユースが静かに立ち上がる。
「……そろそろ、僕たちは行くよ。明日も依頼が控えている」
その言葉で、場の空気が少し引き締まった。
ミナとリリィは立ち上がり、しっかりと向き合う。
「また……一緒に依頼、行こうね」
「……うん。絶対」
ハーグはレオンに軽く頭を下げた。
「いい指示だった。また組めるときは、あんたの下で戦うのも悪くない」
「……その時は、もっと強くなっておく」
ガルドはクロの方をじっと見てから、短く言う。
「次に会うときは、もっと面白い戦場にしろ」
クロは無言で頷いた。
そして、ユースはクロの前に立つ。
「……クロ、少し、いいかな」
クロは怪訝そうにしながらも前に出る。
ユースはローブの胸元に手を当て、静かに詠唱を始めた。
「癒しの光よ、傷つきし者に宿れ――」
淡い光がユースの手から放たれ、クロの肩から腕、胸へと流れ込む。
これまで鈍く残っていた古傷の痛みが、ゆっくりと消えていくのが、見ているこちらにもわかった。
「これは……」
クロが小さく息を呑む。
光が消えたあと、クロは何度か腕を動かした。
「……違う。今までの“治療”とは、まるで違う」
ユースは少し照れたように笑った。
「餞別だよ。完全回復には、ちょっと無理をしたけど……今の僕にできる、精一杯だ」
「……借りは、大きいな」
「いつか、また戦場で会えたら、それで十分」
それが、二人の別れの言葉だった。
ユースたちが酒場を去ったあと、俺たちはしばらく無言で席に残った。
卓の上には、今日の報酬――分配された銀貨が並べられている。
レオンが一枚一枚、丁寧に数える。
「……今日の報酬は銀貨十枚」
俺たちは、その数字の重さを噛みしめた。
「師匠の元で修行するために必要な金は?」
俺が尋ねる。
「一人あたり銀貨五枚」
レオンの声は静かだが、現実そのものだった。
今日の報酬を等分せずに、二人に使えば、二人は修行が開始できることが容易に理解できる数字。
沈黙が落ちる。
ミナが小さく口を開いた。
「……私、戦力になるんだよね」
「もちろんだ」
レオンは即答した。
「回復と同じくらい、支援も重要だ。ミナは……このPTの要になる」
そして、レオンは少しだけ目を伏せた。
「だから――俺とミナが、先に師匠の元へ行く」
俺とクロは、顔を見合わせた。
「悪いとは言わない。回復と支援。この二人が強くなれば、PT全体の生存率が跳ね上がる」
レオンが続けてそう言った。それは、誰にでも分かる判断だった。
「……俺たちは?」
クロが低く問う。
俺は、腰の袋を解いた。
中に入っているのは、これまで貯めてきた銀貨と銅貨。
「クロ。これ、全部持っていけ」
袋を逆さにすると、硬貨が静かに卓の上へ転がる。
PTの貯金とクロの手持ちを合わせると、銀貨五枚に届くだろう。
「……ショウタ」
「お前も、師匠の元へ行け。完全回復した今なら、無駄にはならない」
クロは、しばらく動かなかった。
「……お前は?」
「俺は――別の道で、強くなる」
クロは、銀貨と俺の顔を交互に見たあと、ゆっくりと銀貨を袋に戻した。
「……必ず、追いつく」
「ああ。七日後だ」
*****訓練場跡*****
その夜、俺は一人で街外れの訓練場跡へ向かった。
そこに――いた。
「久しぶりね、ショウタ」
月明かりの下で微笑む、幻闘士アヤの姿。
「……また会えたな」
「顔に書いてある。“修行したい”って」
俺は頷くだけで答えた。
「仲間との再会は七日後ね?」
アヤは腕を組み顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せる。そして、口を開いた。
「いいわ。七日間、私が徹底的に叩き直してあげる」
「望むところだ」
こうして――
レオンとミナは師匠の元へ。
クロも、遅れて師匠の元へ。
そして俺は、アヤのもとで修行に入る。
再集合は――七日後。
その時、俺たちはどれだけ強くなっているのか。
今はまだ、誰にも分からない。




