五つの影、もう一つの刃
昨日の井戸の件が、まだ胸の奥に澱のように残っていた。
それでも朝は来る。来てしまう。
宿の一階で簡単な朝食を済ませ、俺たちはギルドへ向かった。誰も多くを語らないまま、ただ足だけが前へ運ばれていく。
ギルドに入ると、すでにカウンター前は少し騒がしかった。
見知らぬ冒険者たちが五人、壁際に並んでいる。
最初に反応したのは──ミナだった。
「あ……!」
小さく声をあげ、駆け寄っていく。
「ミナ!!」
「リリィ……!?」
抱き合う二人を見て、俺とクロ、レオンは顔を見合わせた。
──これが、ミナの知り合った少女のPTか。
ミナに続いて、俺たちも近づく。
「えっと……この人たちが、私のPTです」
ミナが少し緊張した様子で、俺たちを紹介する。
「俺はレオン。こっちはクロ、ショウタ」
「……よろしく」
「……よろしくお願いします」
三人がそれぞれ簡単に頭を下げる。
それに応じるように、向こうの五人も自己紹介を始めた。
まず一番前に立っていたのは、短く刈った赤毛の少女。年はミナと同じくらいだが、目つきは柔らかい。
「私はリリィ。剣士だよ」
小さく頭を下げて、控えめに自己紹介する。
隣にいた、ローブ姿の青年が微笑みながら挙手する。
「僕はユース。僧侶見習い。リーダーをやっている」
背の高い細身の男性が続く。
「ハーグ。槍を使うよ」
弓を背負った無口そうな女性は小さく頭を下げる。
「セラ。弓手」
最後に、いかにも頑丈そうな大男が腕を組んで唸る。
「ガルド。盾役だ」
五人五様だが、全体として“戦うために組まれたPT”という印象を受けた。
*****合同クエスト*****
ユースに誘われ、一緒にギルドのカウンターへと向かう。
カウンターに着くと、待ってましたとばかりに男が簡易書きをカウンターの上に出す。
そしてカウンターの男は、二つのPTを交互に見て言う。
「街北の森に、ゴブリンの群れが入り込んだ。数は十数体。行商が襲われ、被害が出ている」
「討伐だ」
「報酬はまとめて銀貨二十枚。ただし、2PTで分配だ」
男によると、討伐の数が多い場合ふたつ以上のPTが合同で依頼を受けることがあるみたいだ。そして、PTとしてはユースのPTは俺たちのPTよりも少し先輩に当たるらしいので、後輩育成の意味もあるらしい。
ギルドの方針だとしても、俺たちにとってはかなりありがたい申し出だったので、素直に受付の男に礼を言い、その場を少し離れた。
リリィがミナに微笑む。
「ミナちゃんの話、聞いてるよ。昨日の井戸の件、やったんだね」
「……うん……」
リリィは続ける。
「じゃあ、今日は一緒に頑張ろうね」
正直な気持ちだった。
クロは黙って頷き、レオンは少し緊張した面持ちで胸に手を当てている。ミナはリリィの隣に立ち、どこか安心した表情を浮かべていた。
依頼を受けると、俺たちはそれぞれ装備の最終確認に入った。
俺は、最初から持っていた剣を腰に差す。
クロは片腕が自由に動かないままだが、斧と軽装で後衛の警戒役に回る構えだ。
レオンはPTのリーダーとして、隊列や戦術の確認を行う。回復用の簡易薬草と棒を持ち、腰には短剣を差す。
ミナもためらいながら棒を握り、腰にナイフを差す。たまにリリィと会話を挟みながら。
一方で、リリィたちの装備は実戦仕様だった。
盾、槍、弓、魔術書、そして鋼の剣──それぞれがはっきりと役割を持っている。
「……すごいね……」
ミナが小声で呟く。
「すごいのかな?すぐにミナもそうなるよ」
リリィは優しく微笑む。
*****森*****
街を出ると、空気が変わる。湿った土の匂い、遠くで鳴く鳥の声。
ゴブリンの気配がある林は、街道から少し外れた場所にあった。
隊列は自然とこうなった。
前衛:リリィ、ガルド
中衛:ハーグ、ショウタ
後衛:セラ、ミナ
中央支援:ユース、レオン
最後尾警戒:クロ
歩きながら、リリィがミナに問いかける。
「戦い、怖くなかった?」
「……少し、怖かったけど……でも守ってもらったから……」
微笑む二人に、俺も少し安心した。
*****森の入口*****
昼前、森の手前で一度休憩を取る。
リリィが水袋を受け取りながら、ミナに声をかける。
「今日は一緒に頑張ろうね」
「……うん」
レオンは隊列全体を見渡し、簡単に戦術を確認する。
クロは肩を押さえつつも、背後で警戒を続けている。
休憩を終え、隊列を整え直す。
森の入口は、不気味なほど静かだった。
風の音すら遠く、鳥も鳴かない。
ユースが僧侶らしい落ち着いた声で告げる。
「この森の奥にゴブリンが潜んでいる。油断せず行こう」
ガルドが盾を前に構え、低く唸る。
「いつでも来い……」
俺は無意識に、アヤに教えられた幻歩の感覚を思い出していた。使うつもりはない。ただ、いざという時のために。
ミナは棒を胸に抱きしめ、クロは最後尾で周囲を警戒する。
九人の足音が、森の中へ吸い込まれていった。
ゴブリンの集団討伐──
新人PT二つが初めて合同で挑む、本格的な集団戦の幕が開く。




