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地獄花は焔を誘う

作者: 鈴川桜雪
掲載日:2025/11/23

 春の宵。

 実親(さねちか)瓜実(うりざね)顔の花嫁と娘たちには役者のようだと騒がれている兄の姿を見つつ、徳利に手を伸ばす。

 江戸本町で古くから呉服屋を営む衛門太郎(えもんたろう)の長男久永と左衛門三郎(さえもんさぶろう) の二女そよの祝言が挙げられた。

 絹物などの反物や小物を売る商いをしている両家だが商売敵ではなく店を開いた頃から、家族のようなつきあいを続けてきた。

 両家の結びつきを深めようと、いずれ男女が生まれたら許嫁とすることを約束したのはいいものの生まれてくるのは、どちらの家も女児ばかり。

 年月が経ち、衛門太郎の家に兄弟が生まれたあと、左衛門三郎の家に双子の女児が誕生したことで長年の悲願が叶った。

 両家の結びつきがさらに深くなることに人々は実親 を見かけるたび、祝いの言葉を口にしてくるが、大抵、彼らは何かを言いにくそうな素振りで、祝いのあとに言い淀んでしまう。

 そのことを実親が指摘すれば『二男のお前には関係ない話かもしれないが』と前置いた上で、許嫁の家の懐具合を心配そうに口にする。

 彼らも身の丈に合わない、そよの家の暮らし振りに気づいていたのだろう。

 そよと実親の家は呉服問屋として代々、商いを担っているが彼女の祖父が亡くなると、豪商のような贅沢な振る舞いが出来ることが、商人たちの間でも不審がられていた。

 借金が(かさ)み、いずれ店を畳まないといけないのではないか。

 そよの祝言の日が決まった頃。彼女の姉、あさの姿を見なくなったことで彼女が苦界に身を堕としたことで祝言を挙げれる金子を得たのではないかと噂好きの彼らの口の端に上がらない日はなかった。

 子供じみた行いとはいえ、不仲の兄に祝いを述べたくはなかった実親は、病を言い訳に祝言に参加出来なくなる企てを試みた。

 肌寒い季節にも関わらず、冷たい水を頭から被りながらの行水をしたが、幼いころから丈夫さだけが取り柄だったことが災いをし、風邪のひとつも引くことはなかった。庭に大きな水溜まりを作ったことで、いい歳をしてなにをしているのだと母にしこたま怒られただけだ。

 正直に兄の祝言に参加をしたくないと両親に言えば首に縄をつけてでも、無理矢理、参加をさせられるだろう。

 祝言に弟が参加をしないと周囲に知られれば、この祝言は噂通り、(やま)しいところがあるのではないか。

 兄が所帯を持つことを弟は祝っていないのは横恋慕なのでは? 

 そんな尾鰭(おひれ) がついたような話に変わることで代々、客商売として名を上げてきた両家の客足を減らすことは、どちらの家にとっても好ましくない。

 事実、実親は兄の花嫁に恋心など抱いていないが、紛い物の噂話から真相が知れ渡ってしまうこともある。

 この祝言は世間には顔向け出来ない醜聞があるからこそ、両親は些細な噂話すら気を遣っている。

 結局、不参加の言い訳が生真面目の実親には思いつかず、せめてもの反抗として厳つい顔を隠さないまま、酒瓶を空にしていく。

 実親がこの婚姻をよく思ってはいないことを知っている親戚たちは当てつけのように『よい嫁ごを貰った』『これで店も安泰だ』と祝いごとを口にしながらも酔い混じりで話していることが鼻につくが、聞こえないふりをして盃に口をつける。

 滅多に呑むことは叶わないような高価な酒のはずなのに、苦味ばかりが感じられ、普段の安酒が懐かしくなってしまう。

 兄の隣で花が綻んだような微笑む花嫁は長年、自分も妹のように思い接していたが、彼女が幸せになる為、犠牲になった少女のことを思えば、彼女自身に罪はないとはいえ、恨みがましく思ってしまう。

 幼い頃からの定められた許嫁である双子の姉ではなく、兄が妹を選ぶとは実親も両親でさえ思ってもいなかった。

 実親の視線に気づいたように、同じ顔をした少女は表情を緩めた。




「実親。仕事が落ち着いたら、奥の間に来てくれ」


 帳簿の見直しをしていたとき。兄の久永が両親だけではなく自分まで呼び出したことに、実親は嫌な予感を覚えた。

 小さなころは仲が良かった兄弟だったが、久永が家を継ぐことが決まった頃から、兄の奔放な振る舞いが目につき、実親が苦言を(てい)せば口煩いことばかり、弟が言ってくるのは自分に嫉妬をしているからだと、久永は実親を避けるようになった。

 兄は体が弱く七つまでとは言わず、いつ神様に奪われてしまうか分からないからと、両親から甘やかされて育てられてきた。

 兄が青年になれば自分にだけは水飴よりも甘く、他人には厳しい、そんな性格になっていた。両親は久永のことに後悔したのだろう。

 久永の教育を反面として、彼らは自分たちだと甘くなってしまうからと、祖父に実親の教育を任せた。

 兄が困っていたら助けてあげてねと、日頃から両親に言われていたものの、久永は厄介ごとに巻き込まれるたび、実親に押しつける癖があった。

 実親が兄の揉めごとを押しつけられた時には、大抵、兄だけでは解決が出来ないややこしい事態に陥り、自分や両親に泣きつかれ、仕方がなく実親たちが兄の分まで相手に頭を下げる。

 兄もそのことに懲りて、反省すればいいのだが、申し訳なさそうにするのは初めだけで月日を過ぎれば、また同じことを繰り返すのが常だった。

 困った兄だからこそ許嫁が久永の手綱を握れるしっかりとした少女であることに、両親も実親も安心していた。

 兄が呼びつけた奥の間に遅れて実親が赴けば、両親だけではなく双子の姉妹が揃って座っていた。


「私はあさではなく、そよを娶りたいんだ」

「なんだって⁉︎ 兄上、なにを言っているか、分かっているのか?」


 思わず、声を張り上げた実親に怯えたように、そよが兄の背中に隠れてしまう。


「実親。お前は図体がでかいし、声も大きいんだ。可哀想に、そよが怖がっているじゃないか」

「……そよ。お前も兄上と同じ考えなのか?」

「は、はい。お兄さま。私も久永さまと夫婦になりたいと思っています」


 ふたりの意思を確認した母が久永に問う。


「久永。あさはどうするのですか?」


 久永があさを睨みつければ、今まで人形のように口を開かなかったあさが母の方へ顔を向ける。


「久永さまとそよが夫婦になりたいと言うのなら、私は構いません」

「姉上!」

「すまないなぁ。あさ」


 喜び溢れた表情を隠さないそよと当たり前だとしたり顔をした久永を目にしても、あさの表情は変わらない。


「久永さまが決めたことですから」

「……父上、母上」


 実親の呼びかけに両親は顔を見合わせると、あとは自分たちとあさ達の家で話しあうからと、久永を部屋から追い出す。

 兄も面倒な話が済んだとばかり、そよの手を握ると、揃って遊びに連れ立ってしまった。

 残された実親と両親は再度、あさに問いかけた。


「久永はああ言っているけれど。あなたはそれでいいの?」

「皆さまと会う前、三人でもよくよく話し合いました。以前からそよは久永さまをお兄さまと慕い、どうして自分ではなく、私が許嫁なのだと泣き喚いていましたから」

「私たちは、あささんもそよさんも、ふたりとも自分たちの家族のように思っているの。本当に、あささんは久永の許嫁をそよさんにしても構わないのね?」

「はい」


 実親だけが知る、そっくりな双子の見分け方。

 あさは嘘をつくときに右手で、そよは左手を使って髪に触れる。髪を微かに右手で払った彼女の精一杯の強がりに実親は唇を噛む。

 本当は兄の久永、そして自分たち家族を(なじ)りたいだろう。けれど、彼女は恨み言のひとつも言ってはくれない。


「分かった。あささんのお家にも、そのように伝えよう」

「婚姻の話がなくなっても、あなたの妹が家族となるのです。私たちもこれまでと変わらず、あささんを家族のように思っていますから」

「ありがとうございます。私もお暇させていただきます」


 あさが去ったあと、実親は両親に再度、問う。母は丁稚(でっち)を呼ぶと、彼女を家まで見送るように告げた。彼らが話している間、感情を押し殺すようにしていたが、実親は両親を責める。


「父上も母上も、また兄上のわがままを許すのですか?」

「私もこの人もあささんにお嫁に来てほしいと思っていたわよ? でも、彼女も納得しているんだから、仕方がないじゃない」

「好いた女子が嫁にくれば、久永もまともに働くかもしれないしな」

「あのふたりは身代を持ち崩します!」

「大丈夫よ。実親があの子を支えてくれるでしょう?」

「……話しになりません」


 襖を音を立てて閉めきると、母の声が聞こえてきたが実親の知るところではない。

 両親としては兄の言葉に驚いたものの、同じ家から娶り、あさも納得しているのなら構わないと思っているのだろう。

 双子だからこそ、姉妹を許嫁として変えたことは言わなければ、気づかれることもないとこれまで同様、わがままな兄の非道な行いを彼らは許してしまった。

 けれど、両親が許したとしても兄の許嫁だった少女、あさの感情全ての抜け落ちた瞳が今も実親の目に焼きつき、離れない。

 呉服問屋のニ男として生まれた実親は、いくら兄が情けなくても分家を立てるか。

 同じ商人の娘の婿に貰われるのか、自分の今後を考えていかないといけない立場だ。

 妹のように可愛がっていたあさに何かをしてやりたいと思っても、自分の将来さえ朧げであるのに、彼女のことまで背負う覚悟が持てなかった。

 今回のことで兄を咎めても自分の非を認めるどころか、ますます久永は意固地になるだけだろう。せめてあさの家がこのような馬鹿げた話を撤回してくれないだろうかと、実親は日を改めて彼女の家に赴いた。家の前を掃いていたあさは、実親をみて驚いたような顔をする。


「実親さま?」

「元気にしていたか、あさ。この前も思ったが、もう『お兄さま』とは呼んではくれないんだな」


 以前は兄がいなくても、よく実親の家に遊びに来ていたあさだったが、縁も尽きたと思ったのか、新たな顔合わせに来ることさえはなかった。


「私をいくつだと思っているんですか。そよみたいに、いつまでも『兄さま』なんて呼べません」


 恥じらいがあるのか、耳元が紅く染まるあさに、幼少時の面影を見つけて、実親は懐かしい気持ちになる。

 兄も自分と同様にあさも妹として可愛がっていたはずなのに、どうして彼女を傷つけることが出来たのが分からない。


「あさ。俺からの謝罪など受け取りたくはないだろうが、兄上のこたびの身勝手な振る舞いを心から詫びる」


 あさは頭を下げた実親に慌てたように首を振る。


「実親さまが謝られることはございません。あの日、お伝えしたように仕方がないと思ってますから。実親さま、本日は両親に用事があるんですよね?」

「あ、ああ」

「今、呼んで参りますね」


 あさが両親を呼んでくると、あさが丈の短くなった粗末な着物を繕ってまで着ているのにも関わらず、彼女の母は相変わらず、歳には見合わない桜柄の値が張りそうな着物を羽織っていることに、実親は目を細める。

 ふたり並べば、その異質さが嫌でも際立っていた。 

 あさの両親と話がしたいと前もって伝えていたのにも関わらず、母親とあさだけが自分の訪問を出迎えたのは、彼女の父が実親に怯えたからだろう。気弱なあさの父親は商売人には向いておらず、彼女の母の言いなりになっている。


「今日のご用件は何かしら。こう見えて、私も忙しいの」

「お時間を頂き、すいません。兄上とそよの婚姻のことです。本当にそよを兄上の花嫁にしてもいいんですか?」


 なにがおかしいのか。あさの母は実親の言葉に、けらけらと笑いだす。


「あら。あさも納得していると聞きましたけど。定められた家同士の婚姻とはいえ、この子も想われもしない相手に娶られるのは辛いと思いますの」

「それは……そうかもしれませんが」

「実親さま。元々はそよがお兄様の許嫁になる予定だったんですよ。それをお義父さまが、あさの方が早く産まれたからと許嫁にすると言って聞かなくて。お兄さまにそよが望まれたなら、本来の形に戻っただけの話です」

「では、あさの気持ちはどうなるのですか?」

「仕方がありませんわ。同じ顔をしていても、この子はそよと違って愚鈍の上、気も利かなくて、家を任せるなんて、とても出来ません。お義父上も亡くなったことですし、私どももこれが最善だと思っています」


 実親があさを見ると、彼女は母には逆らえないように俯く。


「実親さま。お気を遣っていただき、ありがとうございます。あさは大丈夫ですから」

「この話はこれで終わりですわね。では、結納金のお話ですが」

「そのことは後日、両親と話し合ってください」


 下手に金の話をすると両親が困ったことになるかもしれない。これ以上、話が続かないように、実親が立ち上がると、あさだけが実親の背を追いかけてくる。


「実親さま! 待ってください!」

「……あさ?」


 あさは実親の着物の裾を引っ張ると、息切れをしたようで何度か息を整える。


「あさ、すまない。お前にしてやれることが、俺にはあまりにもなさすぎる。今日もお前を不快にさせただけだった」

「そんなことは言わないでください! 実親さま、私、あなたが怒ってくれて嬉しかった」

「……お前が怒らないからだ」


 憤りを隠せない実親の頬をそっとあさが撫でる。不思議と妹だと思っていた少女に、見知らぬ女の顔が覗いた。


「久永さまが妹を許嫁にしたいと恥ずかし気もなく仰ったとき、私の心臓は真っ暗な炎で燃やされてしまいました」

「兄上が好きだったのか?」

「はい、お慕いしていました。妹を許嫁にしたいと請われるまでは。愛しい者を見る眼差しで久永さまがあの子と接していても、私が彼の許嫁なのだからと自分の気持ちも誤魔化していたんです。実親さまに庇って貰ったこともありましたね」

「……俺が兄上を怒鳴りつけた一件だな」

「はい」


 兄にとってはいつものことだったのだろう。そよばかりを構い、許嫁のあさを居ないものとして扱う。

 偶々、その場に居合わせた実親は、兄の振る舞いに口を挟まない方がいいと我慢をしていたが、『どうして、同じ顔でもお前は私を不快にさせるんだ?』という久永の言葉とそよが兄に追従するようにあさを嘲けたことに、気づけば兄の頬を力一杯、拳で殴りつけていた。

 兄はその場で失神をしたが、実親の鬼のような形相に、久永だけではなく、自分も殴られるのかと思ったのだろう。

 そよも涙目になって何度も実親に謝り、あさは呆気にとられたような顔で実親を見つめると、自分は大丈夫だからと告げるように自分の武骨な手に触れてきた。その手が震えていたことに、実親は安心させるように握った。

 その日は実親にとって散々な一日で、何もしていないのに弟に殴られたと兄が両親に告げ口をし、実親は食事抜きで土蔵で過ごす羽目になった。兄は自身の発言が実親の気に障ったことに気づかず、弟の苛々の鬱憤だけで殴られたと思っていたらしい。


「今は無理でも夫婦になれば、いつかは、そよみたいになれるって思っていたんです」

「す……」


 また謝ろうとした実親の唇をあさは人差し指で留める。


「何度もお伝えしますが、あなたが謝ることはないんです。実親さまが妹のように可愛がってくれた少女がいなくなってしまっただけ」


 これ以上、言葉を重ねても、あさを傷つけるだけだ。実親はあさに深く頭を下げると、彼女の家から逃げるように背を向ける。

 あさの家は丁稚を減らしているほど困窮していることが家に上がれば、嫌でも分かってしまったが、祝言の費用の用立てはあるのだろうかと実親は不安になった。


「実親」


 部屋で書物を読んでいると珍しく、兄が襖を開けて声を掛けてくる。にやにやと笑っている兄に、何が楽しいのかと、兄に対する態度も頑なになる。


「なんだ?」

「そよからの伝言だ。俺はいずれ知ることだから、実親に知らせなくてもいいと思ったが、そよは優しいからな」

「……伝言?」


 自分と話していても兄の機嫌が悪くならないことに実親は嫌な予感を覚える。


「初めに言っておくが殴るなよ?」

「……殴られたいのか?」

「そんなわけあるか! お前の可愛い妹分が吉原に売られたらしい」

「……えっ」


 実親の手から読んでいた書物が落ちる。


「そよ達の両親が借財を重ねていたことを実親も知っていただろう? 役立たずでも使い道があったと女衒(げぜん)に話していたらしい」


「なんで、あさが。家のために娘を売ったのか」

「さぁ? なんにせよ、俺はせいせいしたがな」


 兄は『伝えたからな』と笑いながら去るが、実親はその場から動くことすらできない。苦界に身を堕としてしまった、あさを身請けするのは途方もない話だ。

 実親が両親に頭を下げ、あさを養子にして貰っていたら彼女を見守ることは出来たのだろうか。過去のことを実親が悔やんでも思い出すのは、彼女の諦めたような微笑みだけだった。





「お兄さま。飲み過ぎですよ」


 いつの間に自分の傍に来たのか、花嫁が実親の持っている徳利を取り上げてしまう。


「……兄上の側にいなくてもいいのか?」

「お兄さまと違ってお酒が弱いみたいで。先にお部屋で休んでいます」

「なら俺もそろそろ」

「お見送りします」


 あさと同じ顔をした少女を無下(むげ) にするわけにはいかず、実親と彼女は賑やかな宴会の場を抜ける。


「そよとふたりだけで会うのは久しぶりだな。兄上はお前を離そうとはしないから」


 互いに無言なことが気まずく、実親から声をかけると彼女は膨れ面で言った。


「お兄さまはお姉さまばかり、可愛がっていましたから」

「そ、そうか。俺としてはどちらも可愛い妹分として接していたつもりだったんだが」

「そうですか? 優しいお兄さまは、あさが可哀想だと同情してくれていたんでしょう」

「……それは」


 彼女の家は他人の実親から見ても姉妹を分かりやすく差別していた。妹には母同様に綺麗な着物を仕立ていたのに、あさには古着しか与えていなかった。実親が内緒であさにだけ簪を与えれば、その簪はそよの髪に揺れていたことを思い出す。

 そよにお兄さまから貰った簪をとられてしまったと珍しいあさの泣きべそを見て以降、実親はあさに金平糖のような口にすれば消えてしまう菓子ばかりを手渡していた。


「お前は姉のことは、どう思っていたんだ?」

「馬鹿な子です。久永さまのお家では買って貰えないような豪華な着物を好きなだけ着られると、自分から喜んで吉原に売られたのですから」


 実親は重たい溜め息を吐き出すと、そのまま背を向けようとするが、華奢な彼女の細腕に力強く掴まれ、帰り道を阻まれてしまう。


「私、前から思っていたんです。久永さまより、お兄さまの方がずっと商才がおありだと。お家を自分が継ぎたいと思ったことはありませんか?」


 彼女は実親の腕を胸元にそっと寄せる。実親が乱雑に腕を振り払うと、化生の存在のように真っ赤な唇をおかしそうに歪めた。


「そなたは兄を愛していないのか?」

「お慕いしていますよ」


 彼女が右手で髪に触れたことに、実親は目を見開いた。


「ねぇ、お兄さま。私を哀れだと思うなら、一緒に地獄に堕ちてくれませんか?」


 その言葉に実親は自分の心に残った僅かな良心を振り払う。顎を掴み顔を寄せれば彼女が内に秘めていた燃やし続けてきた炎が実親にも絡みつく。

 実親は覚悟を抱くと、纏わる炎が消えないように唇を塞いだ。

 数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。

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