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海底墓場  作者: 志摩鯵
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「飛べるよ。」


欲望デズィール”と一つになったロイド少年に限界はなかった。

砂漠を一蹴りで踏破し、目的地に辿り着くことも簡単だった。


少年のすぐ後ろを夢魔オルフィスも飛んでいる。


「あんまり調子に乗るなよ。」


屈曲した時空は、出鱈目に作用する時間と引力が産み出したものだ。

もはや頭上をかすめる高さを幾つも月骨つきがらが浮遊している。


何度も足元と頭上が入れ替わる。

時間さえも前後して急に止まったり、逆行と加速を繰り返した。

何もかも不規則になっている。


飛び立ってから100年経ったか。

それとも100年前に戻ったのか。

少年と夢魔は、目的の場所に辿り着いた。


頭上には、月本体が大きく見える。

それが太陽であるかのように輝いていた。


悪夢の海岸。

そこから広がるのは、まさに()()だった。


女の乳、女の尻、女の足、女の顔。

波のように寄せては返す液状化した無数の女たち。

見渡す限り女の身体が溶け合って海のようになっている。


それは、真っ暗な夜の海(Night Mare)だ。


「夜のマーレ………。

 ………夢魔(Nightmare)。」


少年は、異常な光景に立ち竦んだ。


「これが一匹の夢魔なんだって。」


夢魔オルフィスは、海を見ながらそう言った。


ここは、月に近い。

月に隔てられて永遠に陽の光が差さない常夜の海だ。

そこにぶくぶくと膨張した一匹の夢魔が巣食っている。


いつからそこにいるのか。

だが誰かがこれを見つけ、獣の墓地に選んだのだろう。


こんな不気味な海に潜るものなどいない。

獣たちの安息を脅かす者などでないだろう。


「でも、これって……入れるの?」


少年は、恐る恐る足を砂浜から海に向ける。


蝋燭のように蕩けた女体が打ち寄せては沖に戻っている。

足先が触れると人肌の暖かさ。

人体の感触がした。


「うわっ!

 気持ち悪い…!」


驚いて少年は、海から離れた。

だがここが目的の場所である。


「でも海底墓場は、この先。」


オルフィスにそう言われ、少年は、渋々、海に入る。

見た目と感触は、もちろん生暖かいのも不快だった。


「うへえっ。

 ……あ、そうだった。」


自分と一つになった”欲望”のことを思い出した少年は、自分の中から取り出す。

魔剣は、彼の右手に姿を現した。


「これは、もう置いていこう。」


そう言って魔剣を砂浜に突き立てておいた。


他人は、どう思うか知らないが正直言って二度と使いたくない。

これは、危険だ。


「それは、正解。」


オルフィスもそう言って少年の肩を叩いた。

二人は、魔剣に背を向け、海に潜っていく。




海面と打って変わって海中は、死の世界だった。

ただただ薄暗い海底が広がっているだけだ。

一切の生命は、ここに暮らしていない。


「……魚も何もいない。」


少しがっかりしたように少年は、海底を蹴った。

僅かだが地上より動き難い。

だが呼吸もできるし、地上とあまり変わらない感じだった。


「怪物がいないだけ良かったじゃないか。」


オルフィスは、そう言った。


海岸からどれぐらい離れただろうか。

少しずつ二人は、深いところを目指して進んでいる。


「……最悪だ。」


オルフィスは、頭上を見上げた。

()()見える。


「………あれって船かな?」


少年もはるか頭上の海面を見上げた。

幾つかの影が集まっている。


「間違いない。

 狩人だろう。」


オルフィスは、苛立った様子で言った。

不安そうに少年は、夢魔の方を見る。


「ここまで来られる?」


「当たり前だろ!」


吐き捨てるように夢魔は、即答した。


「けど、どうやってここまで来た?

 っていうか人間が海底墓場のことなんかどうやって調べたんだ。」


ここでオルフィスが考えても分かる訳がない。

後は、狩人が海底まで来られないと祈るしかなかった。


二人は、そんなあり得ない可能性を信じて先を進む。

だがそんな都合のいい話はなかった。


「ごきげんよう。」


少年と夢魔の前に派手な狩り装束の狩人が現れた。

真っ赤な衣装に金刺繍を施したそれは、子供でも知っている。

血狂いの血統鑑定官ブラッドウォッチャーだ。


蒼天院セルリアンは、時間稼ぎの役目を果たしてくれたようだ。」


そう言って女は、ニヤニヤしている。


「………どうやってここを調べた?」


少年が血統鑑定官を睨んだ。

もし魔剣の情報が伝わっているなら敵も警戒するはずだ。


しかし女の表情からは、少年を警戒する様子がない。

むしろ小馬鹿にしたようにせせら笑っていた。


「ええ?

 別に貴公らと同じだよ。

 おおかた古い支配者たちに教わったのだろう?」


女が話している間に他の血統鑑定官が姿を現した。

二人は、敵に囲まれたのだ。


「ちっ。」


それに気づいてオルフィスは、目を丸くする。

囲まれたことに対してではない。


通常、血統鑑定官は、複数で行動しない。

もし頭数を必要とする場合、他の狩人に協力要請を出す。

故に常に単独行動する血統鑑定官が大人数いるだけで普通の事態ではなかった。


二人は、血統鑑定官たちに連行された。

向かった場所に20人ぐらいの血統鑑定官が集まっていた。


「閣下。

 黒い薔薇を持っている少年をお連れしました!」


少年たちを連行した血統鑑定官は、別の血統鑑定官に声をかける。

大きな飾り羽根の着いた二角帽ビコルヌを被った血統鑑定官が大袈裟にお辞儀ボウ・アンド・スクレープした。


「aaaAAAHHHhhhアー………ROoooHAロォォォーハ!」


血統鑑定官たちの目の色を見れば分かる。

こいつは、普通の血統鑑定官じゃない。


補佐官。

血統鑑定局の実質的な最高指導者。


現在、局長がきのままで補佐官が指導者に納まっている。

また所管大臣として血統大臣が置かれているが飾りのようなものだ。


もともと純血主義の魔術結社が前身である血統鑑定局が国家機関になりおおせ、堂々と国王から国民の命を血統鑑定によって管理し、民族浄化を掲げて対外戦争を指導できるまでになったのは、ひとえにこの人物の圧倒的なカリスマがあってのことだ。


補佐官の周りに立つ血統鑑定官たちは皆、興奮していた。

この人物の狩りに加わることは、この上ない喜びなのだ。


「…この子を行かせてあげてくれ。

 この子は、自分のお爺ちゃんのために危険を冒して来たんだぞ。」


オルフィスは、血統鑑定官たちに訴えた。


補佐官は、巨大な武器を手に獲物を待っている。

恐らく黒薔薇に招き寄せられる獣を、だ。


彼に代わって他の血統鑑定官がオルフィスに答えた。


「悪いがこんなところに薔薇を置いて帰って貰っては困る。」


「じゃあ、これをあげます!

 だからお爺ちゃんのお墓参りに…!!」


少年は、耳にかけていた黒薔薇を突き出す。

だが血統鑑定官たちは、近づかない。


「蒼天院の連中は、何も知らなかった。

 だから必死でそれを手に入れようとした。


 だが、それを人間が持ち運ぶなんてとんでもないことだ。

 だから貴公には、我々の獣狩りに協力してもらいたいのだ。

 これからもね。」


また別の血統鑑定官が言った。


「貴公、血統鑑定官になるのは、どうだろう?

 補佐官閣下と共に強大な獣と戦うのだ。

 そしてヴィネア人の純血を守護する名誉ある役目を務めようではないか。」


すると補佐官が自ら発言する。


「悪い提案ではないぞ。」


一斉に血統鑑定官たちの目の色が変わった。

彼らの崇拝する補佐官の言葉を聞き逃すまいと目を輝かせている。


「獣が出た家から鑑定官を迎えるなど、あることではない。

 一族の汚辱を晴らすことにも繋がる。」


「……冥府ドゥアドに落ちろ。」


少年が毒づくと補佐官は、勝ち誇ったように微笑む。


「黒薔薇を運ぶ役として奴隷にしても良いのだよ?

 飼ってやる。

 黄金の鎖を着けてな。」


少年は、ゾッとした。

これが街中に銅像が立っている補佐官なのか。


だがチャンスは、舞い降りた。

一瞬の隙を突いてオルフィスは、少年を抱えて飛び立った。


少年を抱えた夢魔と入れ違いで獣が海底から躍り出る。

虚を突いて2~3人の鑑定官が挽肉になった。

真っ赤な血が海水に流されて広がる。


「××××が×××い×××××。」


真っ赤な獣。

一見、赤い以外は、人間に見える。

だが顔には、大きさの違う7つの目が歪な配置で開いていた。


「これは、これは、大物のお出ましだ。

 ”ランクサストル公の大鹿グラン・セール”…!

 お初にお目にかかり光栄の至り!

 Arohahhh(愛してるぜ)ーッ!

 ARrrrOooHA(アロロロォォォハ)!」


補佐官は、興奮しながら超大型武器を右手に構える。

左腕には、巨大な大砲を4門も巻き付けていた。


対する真っ赤な獣は、煮えたぎるような怒りを感じた。


「×ァ×××失礼するよ××L××。」


「お前たちは、黒薔薇を追えッ!」


年長者らしい鑑定官が若い部下に命令を発した。

すぐ2人の鑑定官が少年と夢魔の後を追う。


”大鹿”―――前に現れた白い大きな獣とは、別の

おそらく何匹かいる”大鹿”のうちの1匹なのだろう。


彼は、短剣を両手に構えた。

そして狩人のように歩み(ステップ)を踏み、狩人のように戦い始めた。


それは、目にも止まらぬ高速戦闘だった。

そして呆気なかった。


「ご―――あ!?」


補佐官の左腕の大砲が大爆発した。

海中が泡立ち、衝撃波で鑑定官たちの鼓膜が破裂する。


”大鹿”さえも例外ではない。

7つの目から血を吹いて苦しんでいる。


「×××××××ア×××××ァァァ…!!」


”大鹿”は、悶え苦しみながらも補佐官の死体を確認する。


血統鑑定官は、手足を補装具と入れ替えている。

義手や義足のことだ。


もちろんただの補装具ではない。

精巧に人体を模して造られた仕掛け武器で刃物や銃器を内蔵している。

それらは、血統鑑定局と繋がりの深い《人形工房ドールショップ》の手になる品だ。


補佐官が爆発した場所には、そういった金属部品が散らばっている。

よく見ると破片が突き刺さった鑑定官もいた。


”大鹿”は、補佐官の死を確認した。

そう思った。


海上で待機していた戦列艦フリゲートから100人ぐらいの狩人が降下して来る。

その中に補佐官らしい人物を見付けて”大鹿”は、落胆する。


「閣下!

 回りくどい手を使わずとも小官がおりますのに!」


そう話しかけたのは、潜水服姿の軍曹ベッチーだ。

同様の装備の蒼天院セルリアンの狩人、一個中隊が海底に着底する。


補佐官―――おそらく本物

彼は、いや()()なのか。

さっき爆発した補佐官と同じ金刺繍の狩り装束だが女のようだ。


無言で補佐官は、ハンドシグナルを送る。

一斉に蒼天院の狩人たちが”大鹿”に射撃を始めた。




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