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海底墓場  作者: 志摩鯵
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常夜の砂丘




「さ、寒い…。」


少年は、今、夜の砂漠を進んでいた。


乗っているのは、巨大なゾウである。

背中に噴水を背負っていると言えば、その大きさが想像できるだろうか。

とにかく普通のゾウとは、全く大きさが違った。


夜の砂漠は、とにかく寒い。

分厚い毛皮を被って少年は、冷気から身を守っていた。


「ねえ、おまえ。

 不吉なヴァルトールヴァルトール・ザ・オミナスを追い返したからって調子に乗ったらダメだよ。

 あんなものは、狩人の騎士団でも小物だからね。」


そう言って夢魔オルフィスは、美しい身体をくねらせた。

この身を突き刺す冷気が夢魔には、どれほどのこともないらしい。

まさに何の痛痒も感じぬといった有様だ。


「ほ、本当にそんな裸で寒くないのっ?」


少年は、信じられなかった。

だが夢魔は、鼻で笑って答える。


「私の心配など要らないよ。

 それより狩人は、黒薔薇を狙ってやってくる。

 そいつに獣が集まってくるからね。」


「う、うん。」


「あいつらは、血に狂った殺人鬼だ。

 お前が子供だからって容赦はしない。

 お前も背中の剣を、せいぜい大事にすることだ。」


少年は、話を聞きながら干しナツメを齧った。

少しは気が紛れる。


辺りは、見渡す限り砂、砂、砂だ。

しかも夜だと不気味な黒い塊が動いているように見える。


頭上には、吸い込まれるような星空がある。

夜空を横切る白っぽい筋は、月骨つきがらだ。

並んだ細長い形が肋骨のように見える。


その静寂を破る銃声が響いた。

池に大きな岩を投げ落としたような重い音だ。


「うあっ!」


それと同時にゾウが傾いた。

さっきの銃がゾウの頭を撃ち抜いたらしい。

少年の視界が反転する。


「ふああっ!?

 う、うわああッ!!」


少年の危機に背中の魔剣”欲望デズィール”が赤く輝いた。

剣は、魔力で少年の身体を包み、衝撃から守った。

おかげでゾウに潰されることもなく少年は、砂漠に投げ出された。


つ………。」


”欲望”の力で守られていたとはいえ少年の痛みは、相当なものだった。

もちろん”欲望”がなければ痛いだけでは済まなかったろう。


「えっ……うわあ!」


少年の右手が勝手に”欲望”に伸びる。

そして本人の意志に関係なく鞘から剣を抜き放った。


鞘から抜かれた”欲望”は、抑えられていた魔性を存分に発揮できる状態になった。

少年の身体に沸々(ふつふつ)と力が漲り、痛みを和らげた。


「抑えろ。」


夢魔オルフィスは、小さな声で少年を正気に戻した。

そして持てる力を振りかざす暴走した魔剣を鞘に戻す。


「軽々しく魔剣の力に頼るな。

 それを自分の力だと過信するようになる。」


夢魔は、重ねて少年に忠告した。

しかし少年にとってそれは、理不尽なことだった。


「で、でも手が勝手に…。」


そう。

彼が自分の意志で魔剣を抜いた訳ではない。


「違う。

 そう思い込んでいるだけだ。」


と夢魔は、厳しい態度で少年の甘えを許さない。


だが魔と向き合う講義レクチャーなどしている時ではない。

今は、追手が来ている。


「そら、狩人たちが集まって来た。」


10人ぐらいの動く人影があった。

腰のあたりに小さな角燈ランタンを着けている。


右手に獣狩りの銃、細長い鶴嘴兜ペッケルハウベ灰青色ブルーグレーの狩り装束。

蒼天院セルリアンの狩人だ。


「……いっぱいいる。」


「10人、20人で済むもんか。

 蒼天院の狩人は、もと軍人だからね。」


そう言うとオルフィスは、急速上昇した。

敵の配置や人数を調べるためだ。


夢魔は、砂漠のあちこちに身を伏せる狩人の隊列を見破った。

その中に指揮官らしい人物も認める。

名うての狩人だ。


すぐに嘴の黄色い新参者たちが夜空の夢魔に向かって矢鱈滅多羅やたらめったらに撃ちまくった。

だが古参の凄腕でも夜空の的なんか当たるもんじゃない。

どの銃弾もオルフィスにかすりもしない。


「よう、軍曹!

 新人を大勢、引き連れて遠足のつもりか!?」


夢魔オルフィスは、敵の指揮官に声をかけた。

挑発のつもりだ。


「空中遺跡の片隅に隠れておれば騎士団オーダーは、夢魔に手を出さん!」


軍曹と呼ばれた女が怒鳴った。

右手に2m近い小銃ライフルを掴んでいる。


「ならばそちらも手を引け!

 私の旦那は、黒薔薇を海底墓場に持って行く。」


オルフィスがそう言うと軍曹は、何やら手配せした。


「ふん。」


軍曹が不敵に微笑むとオルフィスは、青褪めた。

その余裕の意味するところを悟ったからだ。


軍曹サージエリザベス(ベッチー)・バッジ。

蒼天院最強の狩人であり現役でも5本の指に入るとされる。

手掻ちょっかいを出せる相手ではない。


(ば、馬鹿なッ!

 蒼天院最強の切り札が囮!?)


オルフィスは、後悔していた。

まさかそれほど戦力を割くとは、考えていなかった。


軍曹は、囮だ。

”鉄腕”トリグロワ、”首斬り人”エルヴィーサ、”鋼の判事”ローベレ。

三人の古強者が少年に近づいていた。


”欲望”が震える。

それは、恐怖か。

それとも獲物を前に舌なめずりでもしているのか。


「動くな、坊主。」


決断を迷っている間に狩人が少年の前に辿り着いた。


「薔薇を渡してもらえさえすれば結構。

 それだけで……!」


狩人たちを前に少年は、恐る恐る”欲望”を抜いた。

魔剣の魔力は、少年を狂戦士に変える。

だが今は、少年の意志で逆に魔剣を抑え込んでいた。


三人は、ヴァルトールの報告を聞いている。

夢魔の楽園に眠っていた得体の知れない魔剣。


「はははっ。

 坊主、そんなもんで俺たちと戦う気か?」


すぐにローベレが高笑いした。

だが動揺は、隠しきれなかった。

三人の狩人は、明らかに未知の物に対する恐怖を感じている。


”欲望”も、その恐怖を見逃さなかった。

急にトリグロワがローベレに襲い掛かったのだ。


「うおっ!?」


「何やってんだ!」


エルヴィーサが叫ぶ。

だがトリグロワは、濁った眼で譫言うわごとを繰り返すだけだ。

どうやら幻覚を見せられているらしい。


「幻覚でも見てるっていうのか?」


そう言ったエルヴィーサの行動もおかしい。

彼女は、砂漠の砂を掴んで口に押し込み始めた。


「ごえっ……ぶっぺ……!

 正気になれ、トリグロワ!!」


「お前こそ、何やってるんだッ!

 うわあ!?」


ローベレとトリグロワは、互いに打ち合い続けた。

しばらく殺し合いが続き、トリグロワが息絶えた。


「あ……ああ……。」


だが凄惨な殺し合いが少年の意志の力を弱めてしまった。

精神支配は、”欲望”の方に傾き、禍々しい赤い刃の輝きが少年の全身を包む。


今回は、最初の時と比べ物にならない陶酔だった。

全身に力が満ち、この上ない充足感が駆け巡る。


「ああ……!

 が、がああッ!」


少年は、試しにエルヴィーサに力を傾ける。

するとそれだけで”首斬り人”は、苦しみ始めた。


次は、ローベレだ。


「ふほっ!

 じゅるるる……っ!

 んん…んふっ!」


ローベレは、自分の指を噛み千切った。

自分の血を一心不乱に啜っている。


少年が”欲望”によって悪に染まる。

その間、オルフィスは、身動きが取れずにいた。

バッチ軍曹率いる集団に手古摺っていたからだ。


しかしこの場に新しい敵が顔を見せた。

黒薔薇に招き寄せられた獣が。


「お、おい!」


蒼天院の狩人が地平線を指さした。

星々を背負って黒い影が立っている。


「………”ランクサストル公の大鹿(グラン・セール)”…!

 嘘だろ、初めて見た。」




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