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海底墓場  作者: 志摩鯵
3/7

狩人からの逃走




神妃ルルアの月骨つきがらに侵入者が現れた。

その報せと同時に一発の銃声が大聖堂に響く。


銃弾は、まさしくルルアに危険を報せた夢魔の頭蓋を打ち抜いた。

少年と夢魔オルフィス、ルルアの前で夢魔が血を吹いて倒れる。


「ひあああッ!」


少年の悲鳴があがった。


大聖堂の戸口に狩人が立っていた。

今、夢魔を撃ち殺した射手と見て間違いない。

流麗な彫刻を刻んだ燧石フリントロック式短銃を構え、その銃口から紫煙が燻っている。


狩人は、左手に銃、右手に恐ろしい武器を構えていた。

特にこの男の持っている武器は、特別だ。

獣の牙や爪を剥ぎ取り、集めて作った不気味なノコギリなのだ。


人呼んで”不吉な(オミナス)”ヴァルトール。

獣狩りの騎士団に伍する狩人の一人である。


「拙い、不吉なヴァルトールだ!」


オルフィスは、素早く少年の手を取って自分の傍に引き寄せる。

そして大聖堂の彩繪玻璃ステンドグラスを破って脱出した。


「今のは、獣狩りの狩人だ!

 それも相手が悪い!」


オルフィスは、そう言って少年を地面に降ろす。

飛んだ方が速いが幾ら子供でも抱えて飛び続けられない。


「僕を狙ってるの!?」


少年は、真っ青になって訊ねる。

今は、命を狙われることより目の前で夢魔が殺された方がショックだろう。


「場合によってはね!」


オルフィスは、周囲を見渡しながら答えた。


狩人は、猛獣並みかそれ以上の速さで追ってくる。

ここが森の中でも連中にとって何の妨げにもならない。

子供連れでは、音も臭いも隠せない。


「くっ!」


大聖堂の方から銃声と物音が聞こえる。

ルルアとヴァルトールが戦っていた。

少年を追うヴァルトールをルルアが阻もうとしている。


「あんた、走りな!」


そうオルフィスは、短く言って少年の背中を叩いた。

迷うことなく少年も思いっ切り走り始める。


森の中は、地上で見たことのない植物が自生していた。

しかも木の陰、岩の間に妖精らしい小さな何かがいる。

皆、見慣れぬ少年に驚いて遠くから観察しているようだ。


「あっ!?」


懸命に走っていた少年が何かにつまづいて倒れた。

しかし地面に転ぶ前に何者かが体を支えた。


「……あ、あれ?」


誰かに体を受け止められた感覚があった。

けれど少年が近くを見渡しても人影はない。


少年は、オルフィスの言葉と狩人の姿を思い出した。

獣の牙と爪を貼り合わせた不気味な武器を構える狩人に怖気おぞけが走った。


それなのに足は、来た道を戻ろうとしている。

何か不思議な力に誘われて少年は、走って逃げて来た方向に向かう。


すると木々の狭間に石の祭壇がある。

走って逃げて来た時には、気付かなかった。

さっきの大聖堂より古いもののようだ。


ほぼ朽ち果てた石舞台の中央に剣が刺さっている。

丁度、物語に出て来る一場面を少年は、思い出した。


表の血溝フラーには、秘文字(ルーン)で詩が彫られている。

少年に魔術師や賢者たちが用いた古い秘密の文字など読めるはずがない。

だが不思議なことに秘文字を目にしただけで言葉の意味するところが心に浮かんでくるのだ。


”汝の道を行け、あらゆる悪魔が汝を導くであろう場所へ”


裏には、”欲望デズィール”と銘が刻まれている。

如何にも夢魔の住む月骨に似付かわしい。


少年は、剣を石舞台から引き抜いた。

”欲望”は、少年が握り締めると不思議と手に馴染む。


しかし時間を無駄にし過ぎた。

少年が剣に見蕩れている間にヴァルトールが追いついた。


「う、うわあっ!」


驚いて少年は、剣を構える。

もちろん剣なんか使ったことはない。


少年が武器を持っていることに狩人は、少なからず驚いた。

しかしそれは、さっきまでなかった物に驚いたというだけのこと。

それで自分が倒される危険など、僅かにも考えなかった。


その油断を剣は、見逃さなかった。

”欲望”の刀身は、赤く変色し、本性を露にしたのだ。


「えっ!?」


”欲望”の魔力が少年の身体に流れ込んでいく。

それは、10歳の少年を剣の達人に変えた。


豹のように少年は、石舞台の祭壇から飛び上がる。

あまりに意表を突かれて狩人は、ポカンと見ていることしかできなかった。


そのまま剣は、狩人の首を刎ねる死の軌道に入った。

赤く毒々しい刃が一瞬、狩人の視界から消え、矢の速さで襲い来る。

このまま狩人は、防ぐ手立てもなく肩から上の見晴らしが良くなるはずだった。


しかし少年は、とっさに剣を取り落とした。

人を殺める前に剣を手放したのだ。


”欲望”も瞬く間に赤い輝きを失う。

もとの古惚けた鉄の剣に戻って地面に落ちた。


だがしものヴァルトールもこんな経験はなかったのだろう。

剣と少年に驚いて逃げ出した。

狩人には、剣の魔力が少年の身体を動かしたことが分からなかったからだ。


逆に少年は、狩人がなぜ逃げたのか分からなかった。

だがともかく危険を脱したと見て良いだろう。


それでもどうする?

大聖堂に戻ればオルフィスやルルアと合流できるか。

いや、彼女たちも大聖堂から離れているかも知れない。


あるいは、狩人が戻って来る可能性もある。

この状況で迂闊に動くべきではない。

そう少年は、考えた。


ともかく自分の手から飛び出した魔剣”欲望”を探す。

落ちたと思しいくさむらに少年は、顔を突っ込んだ。


「……あった!」


木の根の上に剣は、落ちていた。

少年が手に取ると剣は、再び赤く禍々しい色に変じた。


「魔法の武器ってことなのかな…。」


そう呟いて少年は、妖しい剣を調べた。


”欲望”という不審な銘、赤い刃の輝き、装飾。

これは、魔王みたいな奴の持ち物だったんじゃないか。

ひょっとしたら双頭の蛇サ・タか?


「ロイド!」


急に空からしわがれた女の声がした。

夢魔オルフィスが少年の前に降り立つ。


「ケガはない?

 狩人は?」


「逃げ出したんだよ。

 この剣に驚いて。」


少年は、”欲望”を夢魔に見せた。


「これをよく見付けたね。」


そう答えたオルフィスは、何かうんざりしたように見えた。

そのことが少年には、気にかかった。


「…危ないものなの?」


「そうさね。

 まあ、黒薔薇よりは、マシだろう。」


その答えは、少年もおおよそ想像が着くことだったので落胆しなかった。

危険性は、察するに余りある。

だが、この妖しい剣が助けになることは、間違いない。


「持って行って良い?

 平気かな?」


「気を着けな。」


オルフィスは、魔法で鞘を作ると少年に”欲望”を背負わせた。


「この剣は、お前に懐いてる。

 剣との絆を感じるかい?」


「え?」


少年は、夢魔にそう言われて背中の剣のことを思った。

”欲望”は、少年の心の動きを読み取っている。


「…この剣は、生きてるの?」


「毎度のことで悪いけど。

 この世の不思議について知らない方が良い。

 お前がこの冒険を終えて大人になった時のことを思ってごらん。」


「それは、分かったよ。

 …でも、余計気になるじゃん…。」


正体不明の剣に頼るのは、ゾッとしない。

そもそも今だって夢魔に助けられている。

少年の不安は、もっともだろう。


そこから急いで少年と夢魔は、ルルアの月骨を離れた。

目指すべき場所は、海底墓場だ。




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