【第2話】フリカの森へ
朝日は村をやさしく照らし、小さな家々の周辺には豚肉を焼く香りが漂って、鳥の鳴き声が心地よい。
8歳とは思えない慣れた手つきで、カイは両親のために朝ごはんを作っていた。
豚肉の炒飯とエビのサラダ。
彼は料理が得意で、母親によく手伝ってもらいながら独自のレシピを考えていた。
キッチンで調理していると、外からテリムおばさんの声が聞こえた。
「カイ!カイちゃん!ウチのチェロがどこに行ったかわかる??」
彼女の慌てた声は、カイの作業を止めた。
普段、その猫・チェロは、テリムおばさんの自宅の窓辺で近所の朝食の匂いを嗅ぎながら、日向ぼっこしているのだ。
彼は猫のチェロに親しみを感じていた。
しかし、今朝はどこにも見当たらないらしい。
朝食を食べ終えた後、数人しかいない、青空の下で勉強する学校へ通った。
学校は、いつも昼過ぎには終わる。
この島では、特に数学的な事や、化学などを教えている訳じゃない。
魚の捕り方や、食べられる植物の種類や調理方法を教えている。
学校が終わった後に、二つ年齢が上の友達・ナッシュ達と、サッカーの様な事をして遊んだ、
カイは「今日は、ちょっと疲れちゃったから、そろそろ帰るね」とナッシュに言って、
ボールを蹴り渡し、
ナッシュは「そっか!じゃぁ明日な!」と言って、皆は別れた。
明日は、学校で調理の授業があるから、ナッシュはそれが楽しみらしい、皆の年齢はバラバラだが、クラスは一緒だ。
カイはそのまま、家に帰るわけではなく、村から少し離れた、島の南側の岬に向かった。
島は、とても広いけれど、カイの村は島の南側に位置していて、岬から遠回りしても、自分の家に着く時間を親に心配させることはなかった。
岬に着くと、
カイは太陽を見つめる、
太陽が、水平線にくっつくと、カイは、とてつもない眩暈を感じた。
そうなってしまうと自分では理解しながら、その行動をとった。
千里眼の様な能力を持っていることを村人に隠していたから。
太陽が、水平線に沈む瞬間を見ると、とても気持ちが悪くなるとともに、
カイは「この世に亡き者」と話せる時間があった、それを最初に気付いた時の事は、よく覚えていないが、
これを両親に相談することもなかった。
島の住人は、とても信仰深い。
『亡くなった者』を、一人一人を尊重し、身近に感じていた。
その環境で育ったカイであるから、亡き者と話が出来る事も、怖いとは思わなかったし、ごく自然で
島の住人達、全員が話せるものだと思っていた、でも「そうではナイ」と言う事に気付くまで、時間は掛からなかった。
亡き者と話せる時間は、いつも決まっている訳はない、
ほんの30分位しか話せない時もあれば、
しっかりと、その亡き者の姿が見えて、目を見て話せることが一晩中続く時もあった。
カイが、その「亡き者」と話せる時間に入った時には、必ず。
ルテウスと言う女の人が、近づいてくる気がする。
気配しかわからず、話だけの時もあれば、ルテウスの姿、髪の匂いまでもわかる時、様々であった。
カイは、自分のこめかみを、トントン叩いたり、グリグリと拳で揉みながら、ルテウスの気配を背後に感じた。
いつもの様に振り向くと、今日は、ルテウスの姿がハッキリ見える日だった。
薄いグレーの眼球に、白い肌、緑色の髪の毛は、まるで植物の様に垂れ下がり、それでいて神々しく、カイが好きな匂いがする。
「あら、カイ君、お久しぶり」
ルテウスは、カイを見下ろす形で頭を撫でて、頭痛を消し去ってくれた。
「ありがとう!今日は、ルテウスさんの事、ハッキリ見えるよ!」とカイは言う。
ルテウスは、それには応えず。
「チェロちゃん・・・死んじゃったみたいね」と、テリムおばさんの愛猫・チェロの話をした。
「うん、そうなんだ・・・」
「フリカの森に、行ったわよ」
ルテウスとの会話に、いつも無駄はない。
カイの知りたいことを、ルテウスは全て知っていて、
知りたい事を全て教えてくれる。
無論、『なんで僕は、死んじゃった人と話せるのか?』という事に関してだけは、教えてくれない。
「そういう人がいてもいいんじゃない、私も一人じゃ寂しいもの」と言われ、はぐらかされた。
【フリカの森】とは、所謂ジャングルで、学校では「近づいてはいけない」と教わっている。
その森で狩りをして、珍しい動物の肉や、難しい病気に効く植物の葉や根を持ち帰ってくる大人たちはいるが、
子供が遊び半分で行くところでは、ない。
カイは無言で頭を抱えた。
「怖い?」と聞かれたカイは、ルテウスから目を逸らしながら「怖くはないよ」と言った。
ルテウスは、数秒静かにした後・・・
「テリムおばさんの、旦那さんはね、、、フリカの森の中で、まだ生きてるよ、チェロちゃんは、自分の命が短いと思って、最後に、ママの好きな人に会いに行ったんじゃないかな?」と言った。
「え???」カイは、驚いた。
ルテウスは「一応、チェロちゃんは、ゴルテおじさんに会えたから安心しなよ」と、続けた。
「ゴルテおじさんって、、、テリムおばさんの好きな人なの?」
「そうね、亡くなっていないから、カイ君が会えないの」
カイは、目を閉じて、チェロの眼だったり、撫でた時の感触、一緒に遊んだ時の記憶の糸を、頭の中で繋げ、チェロの意識まで届くよう描く。
すると、何故だか、カイの心の中にはチェロの達成感でいっぱいになり、
初めて見る髭だらけのおじさんが、首輪に付いていた指輪を握りしめて、
泣いているように見えた。