第九十話:じわじわと理解する
私はレイノルドの言葉を吟味することになる。
ここは天国ではない?
キングを倒したのはレイノルド?
ウォーレンが魔術を使い、私を蘇生した?
一瞬、信じかけた。
でも分かっている。
ここは天国で、すべてが私のご都合主義に従ってくれるのだ。
実は私は死んでいない。
キングを倒したのはレイノルドだった。
寸でのところで私は、ウォーレンの魔術で助けてもらえた……そうだったらいいと、きっと私が無意識でも思ったことなのだろう。
これが現実ならどんなによかったか。
魔術師でもない私だって分かる。
魔術がすごいことを。
解毒も回復も治癒もできるポーションを、魔術師は作り出せる。
それでも、失われた命を取り戻すことは、無理な話。
つまり死人を蘇らせることは、さしもの魔術師でもできないこと。
よって私が実は生きている……これはあり得ないことだ。
あり得ないこと……。
今だってそうではないか。
ハグではなく、こんな風に強くレイノルドは私を抱きしめてくれている。
騎士であるレイノルドが、みんなの前でこんな風に抱きしめるはずがない。私が心のどこかでそうされたいと願ったから、天国のレイノルドは応じてくれただけだ。
「セドニック副団長、ありがとうございます」
「ウィリス嬢……」
「回復のポーションを飲みますね。……でも多分、飲まなくて平気だと思います。聞いても理解できないと思いますが、この天国では、私が願った通りになるんです。だから」
「領主様!」
ウォーレンがつかつかとこちらへ近づき、ギルとミルリアの後ろに立った。
「気付けのポーションも飲みますか? とてもすっぱくて、一気に意識がスッキリしますよ? 領主様は生きています! わたしと約束しましたよね? 『この先、私が生きている限り。ウォーレンさんが望むなら、揚げパンを作ります。急ぎの用事がない限り』と言いましたよね? パンケーキはいただきましたが、肝心の揚げパンはまだです。領主様に昇天されては困ります! ゆえに特殊な魔術を使ったんです。精霊の使う特殊な力と魔術を融合させ、あの世とこの世の狭間にいた領主様を、こちらの世界へ引き戻しました」
「すごいわ、ウォーレンさん。というかさすが天国ね。あり得ない奇跡の話だわ」
「違います、あり得た奇跡の話です。わたしは知る人ぞ知る賢者の魔術師。そういう特殊な魔術もいくつか使えるんです!」
ウォーレンさんが興奮気味にそう叫ぶと、ギルも口を開く。
「姉様、この魔術師の言うことは本当だよ。僕もこの説明を何度も聞いている。たださすがに特殊な魔術の詳細なんて、聞いても理解できなかった。でもこれだけは言える。このウォーレンさんのおかげで姉様は死なずに済んだんだよ」
「そうよ、お姉様! ここは天国ではないわ。だって……お父様とお母様、いないでしょう……?」
ミルリアの言葉にドキッとする。
お父様とお母様……。
いない……なんてことはないと思う。
二人は天国に向かったのだから、会えるはず。
そこで私は強く心の中で念じる。
お父様、お母様、会いに来て――と。
「ウィリス嬢。ご理解いただけましたか? ポーションをお飲みください」
ハッとしてレイノルドを見る。
両親が姿を現わすことはなかった。
じわじわと理解する。
ここは……天国ではない。
で、では、なぜ、レイノルドはハグではなく……。
……そうか。
彼は男性で力もある。
あれぐらいは彼の中では、ハグの一つなのね。
というか……現実なの……?
ギルとミルリアを見ると、こくりと頷く。
まるで私の心の中の問いが、伝わったかのように。
その瞬間。
猛烈な恥ずかしさに襲われる。
何度も。
何度も「ここは天国」と言ってしまった。
それに心残りの一つが、レイノルドとハグできなかったこと――と言ってしまったことも、とても恥ずかしい……! しかも天国だから、自分の願った通りになる――なんてことまで口にしている。
あまりの羞恥心で、両手で顔を覆うと……。
再びレイノルドに抱きしめられていた。
さっきとは違い、ふわりと優しく抱き寄せられている。さらに頬が彼の左胸に触れることで、その鼓動が感じられた。
「自分の説明が足りず、混乱を招いてしまいましたね。申し訳なかったです。でもこうやっていると、自分の鼓動が聞こえませんか? ……少しせわしないのは令嬢を抱き寄せているからで、そこはお許しください。ただこの鼓動を感じることで、命を実感できませんか」
私に鼓動を聞かせるために抱き寄せたのね。
そして確かに聞こえる。
トクン、トクンと感じるレイノルドの鼓動。
確かに彼が生きてここにいると実感できる。
「……実感できました」
「良かったです。ではポーションを飲んで、もう一度休んでください。今はお昼前なので、昼食はみんなと一緒に食べましょう。そこで何があったのか、お聞かせします」
微笑んだレイノルドがゆっくり体を離し、私は静かに頷く。
さりげなく自分の胸に触れ、自分自身の鼓動も確認する。
生きている、私――。
涙が出そうになるが、それは回復のポーションと共に飲み干す。その上で笑顔でみんなに告げる。
「お騒がせしました。心配をかけてごめんなさい」
ギル、ミルリア、ウォーレン、レイノルド。
そしてジョルジュも。
安堵の笑顔になった。














