第八十六話:決意
「……彼女が襲われたのは偶然だった、とは思いません」
これには「えっ」と声が漏れてしまう。
「ウォーレンさんは、匂いを消すポーションを作るため、魔術であちこちに移動し、材料を集めた。その際、もしかするとキングのねぐらの近くへ行ってしまったのかもしれません。突然現れ、突然消えた謎の人間。不審に思ったキングは、ウォーレンさんの匂いを覚え、追って来たのかもしれません。そうなると聖剣を持ち、追いかける自分を避ける。代わりにウォーレンさんを探し、ここへ来る可能性があります。ゆえに匂いを消した方がいいと、判断しました」
これには「なるほど」だった。
瞬時にそこまで分析しているなんて。
そこで新しい隊服の上衣を着ると、レイノルドは軽装備を付け直した。
「甲冑はつけないのですか?」
「キング相手では、スピードが必要です。甲冑では身動きがままらないので」
「そんな……」と思うが、キングとの戦闘に関し、私は素人だ。
迂闊に何も言えない。
「そうですか。お怪我がないように」と言うのでせいいっぱいだった。
すると。
「うぉぉぉぉーーーーーーん」
咆哮が聞こえ、窓の外が暗くなってきていた。
「ランプをつけても大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫です。自分が外へ出て、キングの相手をします。先程伝えた指示を守り、必ず王都へ戻ってください。と言ってもすぐには戻れませんよね。ここには一応武器がありますが、それでは効き目がない……」
私はランプに火をつけながら、レイノルドに提案する。
「もしよかったら毒を預けていただけないですか。昼に捌いた川魚の生ごみは、まだ残っています。外のゴミ用の缶に入っています。もしこの生ごみの中にこの瓶を入れたら、生臭い匂いに反応し、すべてを丸呑みしてくれるかもしれません」
この案にレイノルドは「なるほど」と言い、私に毒の入った瓶を渡してくれる。
「キングがここへ現れ、自分が間に合わなかった時の、どうしてもの時での使用を考えてください。無茶なことは絶対に考えず、そういった行動もしないでください」
「そのつもりです。意識のないウォーレンさんを守るため、もしもの時に使うつもりですから」
「了解です」
こうして話は終わり、レイノルドは炭焼き小屋から出て行こうとして、私の方を振り返る。
「必ず。生きて、王都で会いましょう」
美しいグラデーションの瞳を向けられ、胸が熱くなる。
本当に。
こんなことになるとは思わなかった。
キングのイレギュラーな行動に振り回された気がするものの。キングの生態をすべて把握しているわけではない。よってこうなったのは仕方ないことだと思う。
「はい。必ずこの三人でまた、再会を」
レイノルドがふわっと見せた優しい笑顔。
こんな時に、これだけの表情を見せられるなんて……。
彼の強さに羨望を感じ、同時に胸に痛みを覚えながら、その姿を見送る。
強靭さをレイノルドが保てるのは、王都で会いたい人が待っているからだ。
扉をパタンと閉め、鍵をかけると、気合を入れ、動き出す。
レイノルドの指示通り、解毒のポーションを飲ませ、匂いを消すポーションをウォーレンにふりかけた。これで匂いを消すポーションはなくなった。
そしてレイノルドから受け取った毒の瓶を確認する。
魚の贓物という生ごみなんかに、キングは騙されないだろう。
ウォーレンを傷つけたこと。
許せないと思っていた。
何より、彼を巻き込んでしまったのは、私だ。
ウォーレンはただ、私の願いをすべて受け入れてくれただけ。
この北東の地へ連れて来て欲しいと頼んだのも、私だった。匂いを消すポーションだって、私がレイノルドとハグ一つもできない状況を見兼ね、用意してくれることになったのだ。
私のために、親切にしてくれたウォーレン。
彼をこんな目に遭わせたキングを、許すことはできない。
右手があれば代筆業はできる。
いざとなれば左手はキングにくれてやる覚悟をしていた。
レイノルドが子供を守るため、自身の手に傷をつけ、血でマトリアークを誘き出したように。もしこの炭焼き小屋にキングが現れたら、左腕に傷をつけ、手に毒の瓶を握りしめる。
血の匂いにひかれたキングが、左腕もろとも毒を丸呑みしてくれたら……。
私達の勝ちになる。
だがあくまで、これはもしもの時の手段。
レイノルドは今、キングを倒すことを優先。
かつ私を動揺させないため、気持ちをコントロールしているが、自責の念に強くかられているはずだ。
こんな形でウォーレンと私を巻き込むことになり、自分自身に腹を立てている。その怒りはキング討伐へ向かうはず。
絶対にキングを倒せると思う。
よってもしキングがここに現れるとしたら。
それはレイノルドが敗北した可能性もある。
それならば。
私がキングを討つ。
決意を固めると、ひとまず毒は元のウエストポーチにしまった。














