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ボンビー男爵令嬢は可愛い妹と弟のために奮闘中!  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中
第四章

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第八十二話:その理由

「自分が香水をつけていること、お二人も気付いていますよね」


「はい。ここに現れた時、ムスクの甘い香りがしました」


 私はそう言いながら、紅茶を出し終えたので、丸椅子に腰をおろす。そしてティーポットでウォーレンのティーカップに紅茶を注ぎながら答えると、レイノルドはこんなことを言う。


「近い距離で、何かのタイミングでふわりと香る。それぐらいが丁度いいはずなのに、強く香るようにあえてつけているのは、理由があります」


「キングは鼻が利くからでしょう」


 ウォーレンが即答した。するとレイノルドもすぐに答える。


「その通りです。……自分が使っていたマントを運んでいた従者。彼がキングに襲われ掛けた時、もしやと思ったのです。自分が着ているものに、マトリアークの匂いが移ったのではないかと。つまり自分についてしまった、マトリアークの血の匂い。それは落としても残っている。キングはそれを追い、自分のところへ現れるのではないか。今となっては自分の匂いも、キングは認識していると思いますが……」


 そこまで聞くと、答えが見えてきた。

 レイノルドがハグをためらった理由が。

 ハグだけではないだろう。

 手紙一つ送ってこなかったのは、キングを呼んでしまう匂いを、気にしたからでは?

 北東の地と王都は遠い。

 でも魔獣……キングなら、行けない距離ではないと考えた。


「なるほど。もしハグをしたら、領主様にマトリアークの匂い、さらにはご自身の匂いが移ることを心配されたのですね。その結果、領主様を危険に晒すかもしれないと」


 ウォーレンが問うと、レイノルドは強く頷く。


「その通りです。……ウィリス嬢は、キングが出没する時間にここにはいません。それでも念のためで……」


「それはそれだけ領主様を大切に想っているからですね」


 ウォーレンに問われたレイノルドが「はい」と即答するので、これまたドキッとしてしまう。


 ……勘違いをしてはいけない。


 客人である私を大切に思っている――ということなのだから。レイノルドには王都に、想いを届けたい令嬢がいる。このことを、忘れてはならない。


「副団長はいい人ですね。さすが領主様が見込んだだけあります。団長は切れ者過ぎて、なんだか嫌です」


 これを聞いたレイノルドは、ビックリした表情で私を見た。その顔には「一体団長とウォーレンさんに何があったのですか!?」と問うている。


 これにはもう苦笑だ。


 私とレイノルドが顔を見合わせている一方で、ウォーレンはこんなことを言いだした。


「ハグもできないなんて、悲劇ですよ。いいでしょう。そのマトリアークの匂い、消して差し上げます。副団長自身の匂いは、とてもよい香りなので、消すのは勿体ない。一時的に抑えるようにしましょう」


「そんなことができるのですか!?」


 レイノルドが驚愕の表情でウォーレンに尋ねる。


「できますが、そのためのポーションを作る必要があります。材料を集め、調合するのですが……。少々特殊なので、時間はかかります。夕方までには終わるでしょう。今から取り掛かるので、私は姿を消したり、現わしたりしますが、気にしないでください」


 ウォーレンはそう言うと丸椅子から立ち上がる。


「領主様、後片付けは魔術でやってしまってもいいでしょうか?」


 昼食の後片付けを、魔術でやろうとウォーレンは提案してくれたけれど……。


「ウォーレンさん、後片付けは私がやります。その代わりウォーレンさんは、ポーションの調合を進めてください」


「了解しました、領主様。では材料を集めますね」


 まさに善は急げということで、ウォーレンの姿は、瞬時にその場から消えた。


 これを見たレイノルドは「目の前で人が消えるのを初めて見ました……いえ、魔術師でしたね」とビックリしている。でもすぐに気を取り直し、私を見て微笑む。


「後片付けは、自分も手伝います。ご馳走になりましたし、それぐらいしないと、罰が当たりそうです」


「分かりました。侯爵に皿洗いや鍋を洗ってもらうなんて、罰が当たりそうですが……」


 そこでレイノルドは、快活に笑う。


「ウィリス嬢。自分は侯爵ですが、騎士でもあります。こういった場所では、自分の手を動かすことが当たり前。従者もさすがに最前線までは出ません。野営を騎士だけですることもあるんです。こう見えて皿洗いも、慣れていますよ」


「なるほど。そうでしたね」


 こうして洗う物を籠に入れ、レイノルドと小川へ向かう。


 良く晴れ、この季節とは思えない程、暖かく感じる。


 小川のほとりに並んでしゃがみこみ、洗い物を始めると……。


「ウォーレンさんは、とても親切な方なのですね。それにウィリス嬢とも、とても仲が良い」


「そうですね。なんというか私に懐いてくれているようです」


「彼女もウィリス嬢の領地で暮らす、魔術師なんですよね。しかもウォーレンというファミリーネーム。……ウィリス嬢に、回復のポーションと引き換えに、髪を要求した図々しい魔術師とは、親戚なのですか? とても親戚とは思えませんが。彼女の爪の垢を煎じ、飲ませたいですね、もう一人のウォーレンという魔術師には」


 これには「あっ……」と思い、どうしたものかと迷う。


 ウォーレンという名を、レイノルドはファミリーネームだと思っていた。さらに今日のウォーレンを、完全に女性だと思っている。しかもレイノルドの中で、男性の魔術師ウォーレンは……悪党になっていた。


 没落も同然だったとはいえ、貴族令嬢の私の髪と引き換えで、回復のポーションを要求したのだ。いくら私がお金を持っていないとはいえ、貴族令嬢の髪を要求するなど言語道断……という気持ち。どれだけ事情を話しても、騎士たるレイノルドとしては、納得できないのだろう。


 女性の魔術師ウォーレンが、実は男性の魔術師ウォーレンだと知ったら、レイノルドは……。


 今は言えない。


 でも匂いを消すポーションを受け取った後なら、その正体を明かしても、そこまでマイナスにならない気がする。だって匂いが消えれば、キングはレイノルドを追わなくなる可能性もあるのだから。そうなればレイノルドは、ウォーレンが男だろうと女だろうと、感謝だろう。


 ということでここはひとまずウォーレンの正体を明かさず、「そうですね」となんとなく相槌を打ち、洗い物を終えた。


 すると。


「ウィリス嬢」


 レイノルドは持参していたキッチンクロスで、私の手を優しく拭いてくれた。


 そして――。

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