第八話:最初から……
「外は寒かったでしょう。体が温まる飲み物を」
「魔術師ウォーレンさん、お茶菓子や飲み物は結構です」
申し訳ないが話の途中で遮り、急ぎであることを伝える。
魔獣の毒を受けた怪我人に、速やかに飲ませたいのだと重ねて話すと――。
「なるほど。解毒のポーションをご入用だと」
急いでいるし、訪問理由も既に伝えていた。
だがウォーレンは、さも今知りましたという態度をとったのだ。
これには苛立ちそうになる。
でもここは我慢だ。
扉をノックする音しか聞こえていなかった可能性もある。
「まあ、座ってください」
テーブルの椅子に座るよう言われ、話は長くなるのか……とため息をつきたくなるが、ここも我慢だ。
今もレイノルドが毒で苦しんでいるのかと思うと、気持ちは急く。
しかし。
とにかく風変わりな魔術師から、なるべく持参しているお金の範囲内で、解毒のポーションを受け取る必要がある。余計な要求をされず、受け取るためには、ここは気持ちを落ち着けるしかない。
深呼吸をしながら椅子に腰かけると、ウォーレンも対面の椅子に腰を下ろす。
「ポーションというのは二種類ありまして、即効性を求めるなら、作り立てがいい。解毒のポーションですと、材料を揃え、作るのに一時間程かかります」
「毒牙にやられたのは昨晩です。そんなに待てません。一刻も早く飲ませたいんです!」
「なるほど、なるほど。作り立てのポーションは効果てきめんで、どんな怪我でも数時間のうちに完治できます。ただこの即効性のあるポーションは液体でして、日持ちが短い。作ってから十日ほどでダメになってしまいます」
知らなかった。そうだったのか。
「今ここに出来立てではなくても、作り置きした解毒のポーションは……」
「ありませんよ。わたしはここで商売をしているわけではないのでね。稀に領主様のように、お金を持参してポーションを欲しいと頼まれる方がいます。そう言った場合に煎じるぐらいです。それに腐ってもわたしは魔術師ですから、魔獣の毒牙にやられるようなヘマはしません。自分のために作り置きする必要もない」
なんとなく毒牙に倒れたレイノルドを揶揄されているような気持ちになり、私は奥歯をグッと噛み締める。
そもそも魔獣は人間の手で負えるものではない。そのサイズを聞くだけでも、それは明らかだ。それでも人を襲うから、レイノルドのような魔獣退治を専門にする騎士がいて、アルセン聖騎士団が存在している。主の祝福を受けた聖水や通常の対人武器で、決死の戦闘を繰り広げていた。
無傷で済むことの方が稀ではないのか。
レイノルドの父親だって魔獣討伐で命を落としている。毒牙にだってそう簡単にかかるわけではない。必死の戦いの中で、やむを得ず負った怪我だと思うのだ。
「そう怖い顔をなさらないでください、領主様。わたしはポーションの作り置きがない理由を説明しただけです。即効性のある、液体タイプの解毒のポーションの用意はありません。ですが丸薬タイプなら用意があります」
「! それを早く言ってください! それを売っていただきたいのですが!」
「ええ、そうおっしゃると思い、用意してあります」
ウォーレンは黒のローブのポケットをガサガサすると……。
巾着包みされた碧い布を取り出した。
銀の紐をほどき、布を広げると、うすらの卵サイズの、焦げ茶色の丸薬が現れる。
「ナイフなどで削り、ティースプーン一杯程度の粉状にして飲ませてください。一日二回。一週間ほど飲めば、解毒は完了です。保管期限は三年。そして偶然にもこれは一週間前に作ったばかり。ダークウッド連山で魔獣討伐があると聞き、なんとなく作る気持ちになったのですが、正解だったようですね」
これにはウォーレンに対し「あなたは魔術師であり、預言者だったのですね! 大正解です!」と抱きつき感謝したくなる。
「一週間分、ください」
「量り売りはしていません。丸薬として購入してください。領主様ならもしものために、領民の分、お持ちになった方がいいでしょう」
これは正論。だがしかし。懐事情もある。
「それはおっしゃる通りですね。ですがおいくらでしょうか」
するとウォーレンがガタッと音を立て、椅子から立ち上がる。
思わずビクッと体が震えてしまう。
足音を立てず、椅子に座る私の背後に、ウォーレンは移動する。
両肩にウォーレンの手が置かれ、一気に緊張感が走った。
「領主様はお若く、そして大変美しいです」
この言葉に私は事態を悟る。
お金を要求され、これしかないと伝えた結果。
「それでは足りない」となり、体を求められると思った。
だが違う。
最初から私の体を……求めるつもりなのでは?