第七十四話:どうしたもこうしたも!
「領主様!」と私を呼ぶ可愛らしい令嬢の声。
ハッとして文机に広げた手紙に向けていた顔をあげると、そこにいたのは。
長い銀髪に金色の瞳。
胸は大きく、ウエストはくびれ、手足はほっそり。
羨むようなスタイルの良さを包み込む、クリーム色にフリル満点のドレス姿の彼女は……ウォーレン嬢!
もとい。
魔術師ウォーレン!
令嬢姿なら直接部屋に現れていいと伝えたら、本当にその姿で登場してくれた。
だが。
可愛い令嬢姿のウォーレンは、額に汗を浮かべ、なんだか切羽詰まった様子。
レイノルドの危機的な状況を考えると、私がこうなっていてもおかしくない。
だが私はそうなるより、レイノルドを救うために動くことにしていた。
ゆえに一種の悟りを開いた状態で、黙々と自分のできることに邁進。
その結果、慌てた様子のウォーレンに対し、私は落ち着いていた。
「ウォーレンさん、どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたも! 領主様の伝言を聞き、大慌てで用意したんですよ。魔獣のキングに効く毒が、必要だったのでしょう!?」
「!」
「ものすごく急いで知りたいと言っていたので、超特急で毒を調合したんですよ!」
「!!!!!」
これにはもうビックリだった。
私は魔獣に効く毒の情報を知らないか。それを聞いただけのつもりだった。キングの名は出していないし、ましてやそれを調合して持ってこい……まではさすがに言っていない。
だがウォーレンは行間に隠れた私の意図を……とんでもなく鋭く読み取り、そしてまさかのキングに効く毒を用意してくれたのだ……!
これには思わず。
「ありがとうございます、ウォーレンさん!」
可愛らしい令嬢姿のウォーレンに、ぎゅっと抱きついた。
「!!!!! 領主様!」
若い令嬢らしい、ミルクのような肌を、ウォーレンは赤くしている。
「だ、だめですよ! 未婚の貴族令嬢が、むやみやたらに男に分類される生物に抱きついたら」
男に分類される生物!
その言い回しに思わず吹き出してしまう。
「ウォーレンさんは今、どう見ても可愛い令嬢じゃない」
「そ、そういう問題ではないと思います!」
「それで毒は……」
「こちらです」
私がその体を解放すると、ウォーレンはドレスのスカートのポケットから、茶色のガラス瓶を取り出した。
「自然界に存在し、猛毒を有する虫や蛇の毒を調合し、その効果を魔術で増幅したものです。キングには、この全てを飲ませる必要があります」
「すごいわ、ウォーレンさん! これでセドニック副団長を助け出せるわ!」
「……一体何があったのですか?」
これは事情を話す必要があるが、さすがに勝手に話すわけにはいかない。
どのみちジーク団長に報告する必要がある。
「ウォーレンさん」
「はい」
「王都中のスイーツのお店、すべてに案内するので、私を今すぐ宮殿の敷地にある騎士団本部へ連れていってくれませんか?」
「!? そんなこと、お安い御用です。……ですが王都のスイーツ店とかどうでもいいですよ」
王都のスイーツ店なんてどうでもいい!?
そ、そうか。
ウォーレンは長生きしているから、王都の店ごときではダメなのね。
「分かったわ。あなたが食べたことがないような、舶来品のお菓子をと」
「領主様!」
「な、なに!?」
そこでウォーレンは可愛らしく瞳を伏せる。
「領主様が作る揚げパンでいいです」
「えええええっ! 王都のスイーツのお店には、王室御用達もあるのよ!?」
「わたしは……生まれてからずっと一人なんです」
「えっ……」
ウォーレンによると、魔術師はある日突然、誕生する。赤ん坊の姿で。
そして精霊により育てられるという。
両親はいない。
さらに精霊は、魔術師が成長すると、その姿が見えなくなる。その存在は感じられるが、実体がない。そうなるとそれまでに習った魔術を使い、自力で生きて行くことになる。
「誰かが自分のためにだけ作ってくれるスイーツが、食べたいのです」
「でもそれなら王都のスイーツ店に、オーダーメイドで」
「と、とにかくわたしは領主様の揚げパンでいいんです。結局、まだ一度も食べていませんし、とにかく食べてみたいんです!」
それを言われると、ドキッとする。
だって確かにまだ一度も揚げパン、食べさせてあげていなかった。
たかが揚げパンなのに!
申し訳ない気持ちになる。
「分かりました。ウォーレンさん。この先、私が生きている限り。ウォーレンさんが望むなら揚げパンを作ります。急ぎの用事がない限り」
「本当ですか……」
ウォーレンの金色の瞳がキラリと輝く。
なんだかとんでもない約束をしてしまった気がするが、たかが揚げパン。
それは没落貴族同然でも用意できたもの。
問題ない。
用意できる。
「分かりました。領主様、とても嬉しいです。では騎士団本部へ行きましょう」
そう言うなり令嬢姿のウォーレンが、私をお姫様抱っこする。
これにはもうビックリ!
だがビックリしたその次の瞬間には。
騎士団本部の建物の前に、移動していた。














