第六十六話:指先が震えてしまう
「伝書鳩は、早馬よりも早く王都へ到着します。よってこれは急ぎの要件の可能性もあると思い、来客中ですが、お知らせに上がりました」
ヘッドバトラーのジョルジュにこう言われた時。
一瞬、不吉なことも想像してしまった。
ジョルジュ自身はまだ見ていない、伝書鳩が運んでくれた紙を受け取ると。
紙を広げる指先が震えてしまう。
マトリアークの伴侶であるキングは、通常の武器、聖水、銀、特別に祝福された塩では、太刀打ちできない。
特殊なアイテム――毒と聖剣が必要。
ゆえに手出ししない方がいいと、手紙で伝えた直後に、伝書鳩が到着した。
その状況に、心臓がドキドキしている。
ただ、新聞で報じられる魔獣討伐の戦況は、騎士団の圧勝ばかりだった。
サイレンジン公爵は、レイノルドの様子を逐次報告させてもいる。その情報をサイレンジン公爵令嬢に共有してもらっていたが……。
怪我をしたとかそういう話はなかった。
それを踏まえ、サイレンジン公爵令嬢は「キングとはまだ遭遇していないと思うわ。王都の騎士団本部に上がって来た報告でも、キングが現れるのは、月が明るい夜のみ。そしてセドニック副団長が到着した時は、新月が始まる前。ゆえにキングが出現する前に、王都へ戻ることになるはずよ」と言っていたのだ。
それなのに……。
「よろしければわたしが読み上げましょうか?」
気を遣ったジョルジュに声を掛けられ、気を引き締める。
しっかりしなきゃ。
何かあった時こそ、気を確かに持ち、対処する必要があるのだから。
両親が事故に遭ったと聞いた時も。
ちゃんと対応できた。
大丈夫。
深呼吸を一つして、「ありがとう、ジョルジュ。でも平気よ」と答え、紙をきちんと広げ、そこに書かれている文字に目を通す。
『ウィリス嬢。君からの手紙に書かれていたこと。真偽の程が分からない伝承と、放置することはできない。ジーク団長とも話し、王都へ戻ることを決めた。幸い、既に確認できている魔獣は、すべて討伐できている。そして君が手紙で書いていたキング。それは……詳しくは機密事項であり、書くことはできない。だが伝承を信じるなら、約一か月後に消えてくれるのだろう。周辺の村の避難は終わっている。このまま五月まで避難を続けさせるつもりだ』
これを読み終えた時。
緊張の糸が切れ、座り込みそうになったが、自分自身に喝を入れる。
まだ部屋にはマダムもいるので、ジョルジュに紙を返す。
「ジョルジュ、問題はないです。あなたも見ていいわ」
「かしこまりました。今すぐ我々で何かすることは?」
「すぐにすることはないわ。伝書鳩は休ませてあげて。この後、返事を書くから」
「承知いたしました」
ジョルジュが退出し、気を遣ったマダムは代金を払い、帰っていく。
私はすぐに『私の情報がお役に立てて良かったです。帰還をお待ちしています』と書き、伝書鳩を飛ばすことになった。
◇
新聞でも、アルセン聖騎士団が帰還すると報じられた。
魔獣討伐自体は完遂しているので、そこは『今回もアルセン聖騎士団が大活躍! 北東の地の魔獣殲滅!』と大々的に報じられている。その一方で『北東の地は魔獣の血で汚染されているため、浄化のために一か月の立ち入りが禁止』という記事も小さくだが取り上げられていた。
「お姉様、セドニック様が帰ってくるのね! 予定より早くなったのよね? ミルリアに会いたくて、早く戻ることにしたのかな?」
「ミルリア、そんなわけないだろう。魔獣の討伐が終わったから、帰ってくるだけだ。でもまあ……僕達に会いたくて、頑張ったのかもしれないな。その結果、帰還が早まったのかもしれない」
ミルリアもギルも。
レイノルドが帰還することをとても喜んでいる。
ミルリアはレイノルドのことを、もう一人の兄のように、時には父親のように、慕っていた。さらには忘れた頃に「お嫁さんにして~」なんてふざけて言うこともある。王都に来てから、会えない日はなかったレイノルドの不在。とても寂しがっていたので、大喜びするのも当然だ。
そしてギルは、なんだかんだで毎日のように、レイノルドから剣術の訓練をつけてもらっていた。彼が不在の間は、新たに雇われた腕の立つ使用人に、槍の使い方を学んでいたが……。
やはり副団長のレイノルドから指南を受けたかったようだ。
二人が喜んでいるように、私だって嬉しかった。
レイノルドがいろいろ根回しや手配をした上で、遠征に向かってくれたので、日々の生活で不自由することはない。
領地の屯所の方は、すでに基礎工事も始まっている。鉱山の採掘を行う商会の立ち上げは終わり、登記も済み、現地に何名かの幹部が向かっていた。採掘の人材を確保するための、リクルート活動のためだ。
代筆業も順調で、ギルとミルリアも健康優良児で、この冬も風邪一つひくことがなかった。両親が亡くなり、没落同然の日々で、二人とも鍛えられた。冬の寒さにも負けず、毎日勉強に励んでくれていたのだ。
よってレイノルドが不在でも、物理的には問題ない。
ただ……心理的には……。
屋敷にレイノルドの存在感がないこと。
それは大黒柱を失ったようで、とにかく寂しい。
彼の笑顔、何気ない気遣いの言葉、ギルとミルリアに優しく接してくれる姿。
それを見られないだけで、こんなに心に穴が空く気持ちになるなんて。
いろいろとやることがあり忙しい。
それでも夜眠る前のひと時に、今日の一日を振り返り、物足りなさを感じていたのだ。
ゆえに。
レイノルドが帰還してくれるのは嬉しい!
そしてアルセン聖騎士団の帰還は……明日に迫っていた!














