第六十四話:彼女の気持ち
サイレンジン公爵令嬢は、レイノルドのことを好きになっていた。だからこそ、彼が怪我をすること危惧している。
それだけではない。
自身の父親である公爵が、重要な秘密が書かれた書簡を隠し持っていることを明かした。
これはつまり……。
「サイレンジン公爵令嬢。あなたはとても重要な事実を私に打ち明けました。しかもセドニック副団長の客人である私に。それはつまり……私からセドニック副団長にこの事実を伝え、討伐を止めさせたいのですね?」
「ええ、そうよ。魔獣自体、討伐はしてもいい。でもキングの息の根を止めようとするのはやめ、王都へ戻った方がいいわ。倒そうとしても怪我人が出るだけ」
「何を考え、今日、私をここに呼び出したかは分かりました。……でもご自身で、匿名でセドニック副団長に、手紙を出すこともできたのではないですか? なぜ私に……?」
この問いにサイレンジン公爵令嬢は「愚問ね」とぴしゃり。
「私が手紙を出したとお父様にバレたら、大変なことになるでしょう。それにこれは御礼よ。助けてもらったのよ、あなたに。公爵令嬢として、御礼をしないわけにはいかないわ」
「……!」
あの場では「ありがとう」の一言もなく「なぜ、私を助けようと?」と問いかけたのに。
「御礼の言葉がまだだったわね。ありがとうございます、ウィリス子爵」
考えが読まれたのかと焦りながら応じる。
「ど、どういたしまして。……でも私がキングに関する重大な秘密を知っているなんて、おかしくないですか?」
「おかしくないわよ。北部に領地があり、魔獣の巣窟だったダークウッド連山も近い。先祖代々伝わる子守唄で、キングは倒せない、二カ月待てと謳われていた……ということにでもすればいいわ」
そこからは、サイレンジン公爵令嬢と作戦会議。レイノルドにいかに自然にキングの件を伝えるかの。
そこは熱く語り合い、紅茶も何杯もお代わりして、三段スタンドも空になった。
「ところでサイレンジン公爵令嬢」
「何かしら?」
「キングを倒せる毒と聖剣……詳しくは分かっていないのですか?」
この問いを聞いたサイレンジン公爵令嬢は、大きくため息をつく。
「おそらく毒や聖剣については、次のページに書かれていたと思うの。でも次のページは屋敷になかった。あいにくその二つについての詳細な情報はないわ」
そこで言葉を切ると、サイレンジン公爵令嬢は怖い顔になる。
「セドニック副団長は優秀よ。だからと言って、毒と聖剣があれば、倒すことができる……なんて考えるのは、ダメよ」
「そんなこと考えていません! 二ヶ月経てば亡くなる敵を、無理に倒す必要はないです。しかも強敵であり、毒や聖剣がないと倒せないのに。セドニック副団長や多くの騎士の命を危険にさらす必要は、ないと思います!」
「その通りよ。じゃあ、ちゃんと手紙を書くのよ」
「勿論です」と返事をした時には、何だが戦友になった気分だ。
サイレンジン公爵令嬢との最初の出会いは、最悪なもの。でも今はレイノルドや多くの騎士を危険にさらさないという気持ちで、一致していた。
◇
屋敷に戻ってからは、夕食までのわずかな時間を使い、早速手紙を書き始めた。夕食の後に一件、代筆の依頼がある。それは仕事終わりに屋敷に寄ることになった、王都警備隊の隊員。騎士の友人から私を紹介してもらい、足を運ぶことにしたと言う。
代筆を依頼したいのは、気になる令嬢への手紙。
字の美しさに自信がないということでの代筆依頼だった。
内容は日曜日のデートのお誘い。
彼女が好きな作曲家のオペラのチケットが手に入るので、一緒に行きませんかというもの。
シンプルなお誘いの内容だったので、その場で清書して渡すと、彼は大喜び。
「書類仕事もあるので、今後は字の練習もするようにします。でもこんな綺麗な字を見てしまうと……」
「字の綺麗さは大切ですが、最も大切なことは、その手紙に込めた想いです。字を練習するのもいいと思いますが、そこに書く言葉、内容を気にされた方がいいと思います」
こうして彼を送り出すと、すぐにレイノルドの手紙の続きを書く。
私がキングの存在を知っているのは、亡き両親から聞いたということにしている。
ダークウッド連山も近い場所に領地があるのだ。魔獣について、多くに知られていない情報を知っていても……おかしなことではない。
ということで入浴の準備が整う頃には、書き上げることができた。
本当は早馬で届けたいところだ。だかしかし。あくまで「そういえば、こんなことを思い出したのですが」との前提で書いた体裁になっている。キングを討伐するために遠征しているとは、私は知らないことになっているのだ。ゆえに従者に朝一番で出すよう、お願いするにとどまった。
こうして送った手紙がその後、大きな出来事の序章になるなんて。
この時の私は……想像だにしてなかった。














