第六話:何を……?
いつも通り、ギルとミルリアと食事をした。
ただ、食事は普段より豪華。
何せ客人がいるのだ。
しかも騎士。
怪我をしており、体力をつける必要がある。
よって鶏を一羽使い、マチルダに料理を頼んでいた。
「チキンたっぷりのクリームシチュー、美味しい~!」
「これならジャガイモも飽きずに食べられる!」
ミルリアとギルは、チキンのクリームシチューに大喜びだった。
食後、本来なら音楽が得意な執事のハドソンに、二人はピアノを習ったり、歌を教えてもらう。その間に私が入浴の支度をして、マチルダは食事の後片付け。そしてお風呂の用意ができると、私がミルリアを入浴させ、次にハドソンがギルをお風呂に入れてくれる。
だが食後、私はレイノルドの様子を確認する必要があった。
一応、容態の急変はないか、熱がないかなど確認し、休む準備を手伝うつもりだ。
そのため音楽の時間はお休み。ミルリアとギルはハドソンと一緒に、入浴の準備を手伝うことになるのだけど……。
二人とも文句を言わず、手伝いへと向かう。
本当に。
三年前までは、もう少し沢山の使用人に囲まれ、家事なんて一切しなかったのに。二人は家事をする生活にも、すぐ適応してくれた。
我が儘を言わず、いろいろなことを遊びの延長と考え、頑張ってくれるミルリアとギルには……心から「ありがとう!」だった。そしてやはり願うのは二人の幸せ。そのために私は頑張るのみ。
ということで食後、客間へと向かう。
まず起きて、レイノルドが食事をしたかどうか、そこが一番気になっていた。
だが扉をノックすると「はい」とすぐに返事があり、起きていることが判明。
これはもしや食事をしている最中かしら?
中に入り確認すると、既に食事は終えていた。
食事を終えていたどころか、鎖帷子や腕や足を守る装備を身に着け始めている。
「あの、セドニック様、何を……?」
「マトリアークをちゃんと仕留めることができたか、確認に行きます。怪我を負った魔獣は、重傷であれば身を隠します。でも体が動くのであれば、人を襲う可能性が高い。あの木材を置かれた場所は、森の中ではありましたが、村が近いのは事実。村人に犠牲者を出すわけにはいきません」
「! そのお気持ち、志には同意します。この村はウィリス男爵領の領地であり、村人の数は少なく、皆、顔見知り。広義で言えば家族のようなもの。大切な家族に犠牲者は出したくありません。ですが魔獣が出れば、連絡が来るはずです」
そこで私は説明した。
この村に戦闘力がある男手は限られている。
そもそも騎士も兵士もいない。
ただの農夫や職人に過ぎないが、かろうじて槍や弓を扱える程度。それでも愛する人や家族を守る心意気はある。
そこで村で起きた有事をいち早く知らせ、避難できるよう、家の軒先には捨てるような鍋を吊るすようにしていた。危険の内容に合わせ、その鍋を鳴らす。
大きな村や町では鐘楼があり、有事の際には鐘を鳴らす。だがこの村に時計塔はあるが、鐘楼は破壊されていた。うんと昔に魔獣が村に現れた時、奴らに壊されたのだ。
再建を試みるが、その度に災害が起き、中断され……。
鐘楼は諦め、小ぶりの鐘を吊るした、オブジェのようなものが建てられた。それでは危険を知らせるには足りない。
そこで私が考案した鍋鐘を、村人は現在使っている。
流行り病が流行した時。
いち早くSOSを村人で共有するために、各自の家で鐘の代わりになる鍋を吊るし、鳴らし方で危険を知らせることにしたのだ。
「火事や魔獣が現れた時は『カン、カン、カン』と連続で鳴らすルールなんです。この音を聞いたら、自身の家の鍋鐘も鳴らし、周囲に危険を知らせ、すぐに避難をする。外で遊んでいた子供たちは、急ぎ自分の家へ。自宅が遠ければ、近くの村人に助けを求めます。今、この時間まで、鍋鐘は鳴っていません」
レイノルドは「なるほど」という表情になるので、さらに畳み掛ける。
「あの材木置き場には、冬の間、村人は近づきません。それにマトリアークは息絶えたか、森の奥へ、ダークウッド連山に向かったのではないですか。弱点をそれだけ攻撃されたら、人間を襲うより、自身の回復を優先すると思います」
「あなたは……ただの男爵令嬢ではないですね」
「そうですね。現状、弟の代わりで領主を務めているので、普通の男爵令嬢とは違うと思います」
するとレイノルドは表情を緩め、実に爽やかな笑顔を浮かべる。
「素晴らしいと思います。それにとても冷静です。魔獣の行動もちゃんと分析できています」
そんな風に褒められると、とても照れ臭い。
ただ、嬉しいのは事実。
「とはいえ、魔獣は夜が遅くなればなるほど、行動が活発になります。ウィリス嬢が言う通り、弱点に怪我を負い、まずは回復を優先させた。でも日が沈み、夜を迎えたのです。森に身を潜ませていたマトリアークが、ダークウッド連山に戻るため、動き出す可能性があります。その際、体力を回復するため、人を襲う可能性も考えられるのです」
これには今度は私が「なるほど」だった。さすがに魔獣討伐歴が長い。経験に裏打ちされた意見には反論できなかった。
それでも。
「背中の傷はまだ完全に塞がっていません。それに手の傷は……利き手ですよね、右手は?」
村の子供たちを守るため、自身が囮になる際。
右手を傷つけたのだろう。
「自分は左利きです。ただ、武器については両手で扱えるようにしています。ご心配は無用です」
そう言われては、こう言うしかない。
「そうですか。……万が一にもマトリアークが生きていたとしても、決して無理はなさらないでください」
「ええ。自分自身の体の具合も分かっているので、遺体を確認できたら、すぐに戻ります。もしも瀕死であれば、とどめを刺すつもりです。ですがまだ動き回るようでしたら、ダークウッド連山の方に追い立てます。そして村と森の境に、魔獣除けを撒くつもりです」
魔獣は銀が苦手だった。ゆえに魔獣除けとして、銀粉を撒くことは有効であるが、それができるのは貴族のみ。平民に銀は高価過ぎる。そして我がウィリス男爵家では、魔獣のために銀を用立てることはできない。
ゆえに銀粉を撒いてもらえるのはありがたい。銀は劣化しやすいので、しのげるのは一時だけ。それでも傷を負っているとはいえ、マトリアークが村の近くにいるなら。魔獣除けは、あるに越したことはない。
「ありがとうございます。……せっかく助けたのです。生きて屋敷へ戻って来てくださいね」