第五十九話:ティールーム
メイドから聞いていた、アンティークな雰囲気の洋館。それが馬車の窓から見えてくると、背筋がピンと伸びた。
用意は万全……そのつもりだ。
それでも紅茶をかけるかもしれない相手と会うのは……気が重い。
私の気が重くなっても、馬車の重量は変わらない。
軽快に歩みを進め、目的地に着いてしまった。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「え、ええ、馬車、降りましょうか……」
もしもに備え、侍女に同行してもらっていた。
その侍女は、荷物が盛沢山。
何せ着替えのドレス、タオル、火傷の薬などが入ったトランク二つを持参しているからだ。
薬類は私が詰めた。ゆえに侍女は、私が火傷を負うことを危惧しているとは……思っていない。ただ、舞踏会に行くわけでもないのに、ドレスを持参することは、当然不思議に思うだろう。
そこについては、こう言い訳をしていた。
「このドレス、胸の辺りがきついでしょう。もしかするとビリッと破ける可能性があるわ…。公爵令嬢とのお茶会で、ドレスが破れたままは失礼になるから、予備を持参することにしたの」
自分としては誤魔化したつもり。だが……。
「そもそもそんなドレスを着て行くことは失礼では……?」と、侍女が思ったことは……間違いない。なぜなら「まだ少しお時間がありますし、こちらのドレスになさっては?」とやんわり提案されたのだから。だがそこは、華麗に「これでいいのよ」とスルー。
公爵令嬢と会うのに、私は失礼なのか、礼儀正しいのか。侍女もメイドも混乱していると思うが、致し方ない。
本当は護衛で、警備を担当する使用人の一人も連れて行くことを考えたものの。
もしも。
もしも、想定していた行動を、サイレンジン公爵令嬢がとらず、かつ取り巻き令嬢もいなかったら。
腕に覚えがある使用人の男性を連れている私を見て、変な噂をたてる口実を与えかねない。
「サイレンジン公爵令嬢は、侍女しか同伴していないのに。ウィリス子嬢は、侍女以外に、屈強な男性の使用人も連れ、ティールームに現れたそうよ。公爵令嬢相手に、何かしようとしたのかしら?」
そんな噂を流すよう、取り巻き令嬢にサイレンジン公爵令嬢が命じたら……。
そう思うと、できる最善は侍女同伴までだ。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
私の気持ちとはうらはらに、ティールームのスタッフは笑顔で迎えてくれる。
「ええ、サイレンジン公爵令嬢と」
「! サイレンジン公爵令嬢様とお待ち合わせのお客様ですね。お待ちしておりました。どうぞ。あ、侍女の方は一階に控え室がありますが、同席されますか?」
本当は同席させたい。
でも過剰反応は、相手を刺激するかもしれないのだ。ゆえにここは「侍女には控え室で待ってもらいます」と答えることになる。
こうして私は侍女と別れ、スタッフの案内で階段を上る。
階段にも絨毯が敷かれ、ふかふか。
踊り場にはステンドグラスも飾られ、大変素敵。
気持ちが盛り上がる要素は沢山あるのに。
二階に着き、個室の扉が見えると、私の気持ちはさらに沈む。
「こちらでございます。既にサイレンジン公爵令嬢様は、いらっしゃっています」
この言葉に私は「えっ」と声をあげてしまう。
公爵令嬢と子爵の待ち合わせ。
高位貴族である公爵令嬢より、先に到着して待機するのが、この世界での礼儀。
それを踏まえ、待ち合わせの十五分前に到着するようにしたのに!
これでは冒頭から私に文句を言うための口実を、与えてしまったようなもの。
背中から汗が噴き出すのを感じるが、慌ててスタッフの女性に尋ねる。
「サイレンジン公爵令嬢以外の令嬢も、既に到着していますか?」
「? 本日はお客様と、サイレンジン公爵令嬢様のお二人のみですよ」
「! そ、そうなのですね」
これには驚きと安堵の半々だ。
取り巻き令嬢には見せられない嫌がらせをするつもり……なのかもしれないのだ。心臓がバクバクするが、扉が開けられ……。
眩しい程、室内は明るい。
それもそのはず。
正面は、一面がガラスになっていた。
薄いレースのカーテン越しに、午後の明るい陽射しが室内に届いている。
窓際に飾られた大きな花瓶に生けられているのは、大輪の薔薇の花。
部屋中に薔薇が薫る。
深紅の天鵞絨生地のソファに座るサイレンジン公爵令嬢は、待っている間に出された紅茶を口に運んでいた。だが私が来たので、動きを止める。
ダークブロンドに完璧に巻かれた縦ロール。
深みのあるワイン色のドレスに黒サテンのリボンの装飾。きっちりお手入れされたもちもち肌に、ローズ色の唇のサイレンジン公爵令嬢が、上目遣いで私を見る。
やはり目力があった。
今のひと睨みで私は「うっ」と固まる。
「おかけになって、ウィリス嬢。ミセス・デメール、私と同じ紅茶を持ってきてくださる?」
「かしこまりました、サイレンジン公爵令嬢様」
三十代前半、店のスタッフかと思ったが、ミセス・デメール……すなわちこのお店の店長であると気付く。店長自らが接客する……サイレンジン公爵令嬢は、ここでは上客なのだろう。彼女の待ち合わせ客が来ると分かっていたから、店長も店頭の受付で待機していたと。
「ウィリス子嬢。お座りになって」
ミセス・デメールが退出し、私は震える手を握りしめ、ソファに座る。
まさに蛇に睨まれた蛙も同然だった。














