第五十六話:……重いですか?
アルセン聖騎士団が遠征に向かったことで、代筆業を依頼する人が減る……かと思ったら、その逆だった。
遠征に向かう騎士の中には、婚約している者、恋人がいる者、友達以上恋人未満の者など、プライベートでは様々な立場の人がいる。そんな彼らに手紙を出したい令嬢は沢山いた。
そして令嬢は幼い頃より綺麗な字を書くよう育てられているので、字の美しさについては問題がなかった。それなのに代筆業をしている私のところへ訪ねてくるのは……。
「客観的な意見を聞かせてください。私が書いた内容で手紙を送ると……重いですか?」
ストロベリーブロンドに、アプリコット色の瞳のそばかすの令嬢は、二歳年上の兄の友人の騎士に恋している。魔獣討伐の遠征に向かった彼に手紙を書くことにしたが……。手紙を書く妹の様子を覗いた兄は一言。
「なになに。『……あなたのことは寝ている時以外ずっと考えています。あ、寝ている時、夢であなたのことをみています。だから……ずっとあなたのことを考えています……』なんだよ、これ。怖いぞ、クリスタ。重い!」
兄にそう言われた令嬢……クリスタは不安になり、代筆……というより、手紙に書いた内容が重くないかどうか、客観的な意見も欲しくて私のところへ来たのだった。そしてその手紙を実際に読んだ私の素直な感想は……。
暇なのかな。
これに尽きた。
手紙の内容を見ると、本当に夢も含め、ずっとその彼のことを考えている。それだけ彼のことを考える時間があることに驚きだった。
領地を出て、王都で暮らすようになった結果。
朝起きてから寝るまで、何をするか考え、必死にこなし、そして明日はどうするか考える……という自転車操業的な生活からは解放された。ゆったりとお茶を飲み、読書する時間だって持てるようになった。
それでも代筆業もあり、ギルやミルリアの相手もするのだ。
何か一つのことを常にず~っと考えるのは無理だった。
よってそれだけ恋する相手のことを一日中考えられることを、すごいと思ったし、暇なのかと思ってしまったのだ。でもそれをズバリ言うわけにはいかない。
そこで……。
「手紙を拝読すると、本当に一日中、その彼のことを考えているのですね」
「はい。本当に素敵な方なんです。剣術大会でお見かけした時は、まさかの兄の友人とは思わず。それもそうですよね。騎士は忙しいので、友人と言えど、そう頻繁には会えません。ですが兄の友人と分かったので、時間を作ってもらい、何度かお会いしています。一緒に食事をしたり、お茶をしたり。でも……全然会っている時間が足りなくて。前回、遠征に出たばかりなので、今回は少しゆっくりできるのかと思ったら、また遠征に出てしまって……」
後半の言葉には激しく同意だ。やはり他の令嬢も「また遠征に行ってしまうの!」と思っている。もう少し、ゆっくりできたらいいのに……という個人的な思いは一旦おいて置いて。
「その彼と会う以前は、何を考えて過ごしていたのですか?」
「特に何も考えていません。だって花嫁修業として、刺繍をしたり、お茶会に参加したり、お茶会を主催したり。あとはお母様とオペラを観たり、演奏会に足を運んだり。大したことはしていませんよね。特に考え事をすることもなくて」
「現在それらの活動は……?」
するとクリスタは肩をすくめる。
「一応、どれも続けています。でもお茶会の最中も彼のことをつい考えてしまいますし、観劇中は登場人物を彼と私に置き換えて観るようになりました。そのせいか、悲劇は見なくなりましたね。王道のハッピーエンドが大好きになりました!」
これには「すごい」だった。
暇などではない。
忙しいのに、彼のことを考えているわけだ……。
いや、でも、これは「ながら」のような気もする。
彼のことを考えながら、お茶会の会話に合槌を打つ……これでは話をろくに聞いておらず、参加者の令嬢のクリスタへの印象が、悪くなりそうだ。
それにいくら相手を好きでも、ここまでの強い思いを向けられると、男性は……引くと思う。
男性のDNAには、狩猟本能が刻み込まれていると思うのだ。狙った獲物を追うように、狙った女性を追いかける。その逆で追われることに対しては……抵抗を感じる男性も多い。
既に恋人関係であり、ベッドで積極的な女性は好き――という男性もいるが、それはまた別の話。
彼が自分に対し、恋愛感情があるのかないのか分からない状況で、あまりにもぐいぐい行くと……。彼の方は腰が引けてしまうと思うのだ。何よりこの世界で、こんなに積極的な令嬢は珍しい。そう言った意味からも、引かれてしまう可能性が大きかった。
「重い……という話以前で、手紙のボリュームが大変なことになっています。おそらく、手紙は頻繁に送ることになりそうなので、この場合は2~3枚で収めたいところです。現状は11枚ですから」
そうなのだ。報告書でもないのに、このボリュームは多すぎる。
一年ぶりの手紙のやりとり……ならまだしも、11枚は内容以前に、物理的にも重い。
「2~3枚になると、必然的に、いかに彼について考えているか書けなくなりますよね。『重い』にあたる部分が減ることになると思います。さらに言うなら、もし1枚で収めることができれば、『重い』はぐっと減ることになるでしょう。つまり『こんなに僕のことを考えてくれているんだ』という程度になるかと」
「なるほど。……一日中、彼のことを想っているのに。それを伝えられないのは悲しいわ」
「大丈夫ですよ。『あなたのこと、一日中考えています。どれだけ考えていたかを書きだすと、便箋が10枚は必要になるわ。もし読みたければ言ってね。送るから』と書くようにすれば問題ありません」
これでもし手紙の返事で「君の熱い想いを知りたいよ。便箋10枚の君の気持ちを聞かせて」と返事が来るなら。二人は相思相愛、四六時中彼のことを考えていると知られても……嫌われることはなさそうだ。
「あとは花嫁修業として、レース編みを始めてください」
「レース編み、ですか?」
「はい。いつか愛する人と結ばれる時、自身で作り上げた美しいレースをまとうことができたら、素敵ですよね」
早速、彼とのウェディングを想像してくれたようで「そうですね。レース編み、苦手ですが、取り組みます!」と応じる。
「将来的に愛を誓う儀式で使うかもしれないと考え、丁寧に取り組んでください。披露するなら美しいレース編みがいいですよね?」
「それは勿論!」
この反応を見て「よし」と思う。
レース編みは刺繍と違い、彼のことを考えながらが難しい。なぜならパターンが細かく、一度の間違いが模様に多大な影響を与える。
さらに繰り返しの作業が多いが、繰り返す内容が複雑であることから、集中力を切らすことができない。
つまり。
レース編みをすることで、彼のことを考えていられなくなるのだ。
今は彼へ気持ちが一直線だが、少しずつ、彼以外のことも考える時間を持てるようになれば。バランスもとれるようになり、手紙の量も落ち着くだろう。
「今日のところは10枚の手紙を3枚に減らし、さらに彼以外の出来事を盛り込むようにしましょう」
「ええっ、彼以外のこと、ほとんど覚えていないわ」
「思い出しましょう!」
気持ちが重いと言われてしまう人がいたら。
それは恋愛に向ける時間があり過ぎることが、原因とも考えられる。
そういう時は、一旦相手のことを考えるのを止めた方がいい。何か別のことを始めるといいと思う。
自分の気持ちが向かう先を分散させることで、相手のことばかり考え、気持ちが重くなる事態を回避できる。
既読にならない、返事が来ないと気になる――気にする時間がなくなるように、別の集中する時間を持てるようになると、気持ちが楽になると思うのだ。
なんて考えながら、10枚の便箋の束を、私は手に取った。
お読みいただき、ありがとうございます☆彡
併読している読者様へお知らせでございます!
『宿敵の純潔を奪いました』
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番外編の公開がスタートです~
ぜひお楽しみくださいませ
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