第五十一話:小劇場
「ここにいる二人の幼子。見捨てるわけにはいかない」
舞台中央で甲冑姿の青年が叫ぶ。
『セドニック卿の剣は既に折れている。繰り返されたマトリアークとの激闘により、遂に剣は使い物にならない。だが彼のそばには、逃げ遅れたギリルとミアという子供がいたのだ』
ナレーション役の男性が、舞台袖で声を震わす。
「いいかい、二人とも。お兄さんが『走れ!』と言ったら、その扉を出て、お姉さんのところへ帰りなさい」
「でも、お兄さんは……?」
「そうよ。お兄さんも一緒に逃げましょう」
「勿論だよ。君たち二人の後を追うから、先に逃げて欲しい」
「うん。分かった。それなら……ミア、お兄さんの言うことを聞こう」
「分かったわ、お兄様!」
『二人の幼子が手を取り合い、立ち上がる。二人を背に庇いながら、セドニック卿がマトリアークと向き合う』
「うぉぉぉぉーーーーーん」
『マトリアークの遠吠えに呼応するように、セドニック卿は懐から取り出した瓶の中身をあおった。そして彼は宣言する』
「マトリアーク! たとえこの身が滅ぼうとも、貴様を止めて見せる!」
『セドニック卿が口に含んだのは毒。自らの体に毒を巡らせ、たとえその身がマトリアークの手に堕ちようとも、死の縁へ突き落す覚悟だった』
すすり泣く声が観客席から聞こえ、泣きながらミルリアが私に抱きつく。
ギルは涙を堪え、自身の拳をぎゅっと握りしめている。
「さあ、来い! マトリアーク!」
『セドニック卿に挑発されたマトリアークが、彼に向かい、駆けだす。それを見たセドニック卿が叫ぶ!』
「走れ!」
「ミア、行くぞ!」
『手を取り合ったギリルとミアは一目散に走り出す』
「ちゃんとお兄さん、追いかけてくれるかな?」
「ミア、今は余計なことを考えず、前を向いて走るんだ!」
『まだ幼いミアは、分かっていない。でも間もなく社交界デビューを迎えるギリルは分かっていた。セドニック卿が自ら犠牲になり、自分達を助けようとしていることを。絶対に立ち止まってはいけない、振り返ってはいけないと』
「うぉぉぉぉーーーーーん」
『セドニック卿が目を閉じ、死を覚悟する』
すすり泣きが大きくなり、嗚咽する声が響く中、舞台から眩しい程の光が起きる。
「セドニック卿。あなたのその犠牲の決意、主は見ていました。悪の力に打ち勝つために。この聖剣を授けましょう」
『光の中から現れしは、亜麻色の髪をした乙女。主に祝福された鮮やかな碧いマントを羽織り、手に持つは聖剣!』
「ウィリス嬢、あなたは……」
「今まで秘密にしていて、ごめんなさい。主との約束があり、正体を明かすことができませんでした。それよりも主の光による目つぶしは、長くは持ちません。このディヴァイン・ソードで、マトリアークの息の根を止めてください」
泣くことを止めたミルリアは、真剣な表情で舞台を見た。
頬に残る涙の筋が、舞台に差し込む外の陽射しを受け、輝いている。
「分かりました。レイノルド・ソル・セドニックの名を賭け、このディヴァイン・ソードで、マトリアークの悪行を断ち切ります!」
激しい戦闘が始まった。
その戦闘にあわせ、舞台袖に登場した管弦楽の六重奏で、激闘の様子を盛り上げる。
何度もピンチが訪れ、観客席から悲鳴が起きた。
だが遂に聖剣がマトリアークに突き立てられる。
「主よ。あなたの祝福と共に、この悪しき魂を清めたまえ」
「お兄様、見て。遠くで輝きが見えたわ。きっとあのお兄さんが魔獣を倒したのよ!」
もう一方の舞台袖に現れた二人の幼い子供ギリルとミアが、舞台中央を指さす。
観客席から拍手が沸いたその瞬間。
『セドニック卿はマトリアークを殲滅することに成功した。だが卿の体には毒が巡っている。マトリアークを倒したものの、彼もまた膝を折る事態になった』
「お兄様、光が……消えたわ……」
「……魔獣の女王と言われたマトリアーク。奴の死はきっと引き換えだったんだ。あの騎士との……」
舞台が暗転。
「そんな……!」とミルリアが声を漏らし、私に抱きつく。
再び観客席からすすり泣きと嗚咽が漏れる。
すると舞台から光が差し込み、淡いランタンが次々と灯されていく。
中央に置かれた祭壇には――。
「レイノルド・ソル・セドニック。騎士の中の騎士。闇より現れし呪いの源を断ち切った者」
舞台上にスモークが広がり、幻想的な雰囲気になる。
そこに現れたのは聖女だ。
「オマー・エルロヒーム マヴェット・エノシ イノ ナタン レヴィトゥール」
『聖女エレナ・ウィリスが祈りの言葉を捧げ始めた』
「オラム, ニッシーム カイャミーム ベオラム・ハゼ. レミ シェマクリービム エット アツモ レマン アハレリーム」
『彼女は祈る。幼子を助け、自らを犠牲にしてでも、マトリアークを倒そうとした若き騎士が目を覚ますことを』
「イェシュ エト ネス ハタヒヤ」
その時、雷のような音が響き、場内が暗くなる。
『聖女の祈りは、主に届いた』
一斉に場内を取り囲む天幕があげられ、陽射しが射し込む。
観客たちは眩しくて、目を開けられない。
しばらく皆、目を閉じている間に――。
「ウィリス嬢……自分は生きている……のですか?」
「ええ、生きていますよ、セドニック卿。主があなたはこの世界にまだ必要だと、お認めになったのです」
「「騎士のお兄さん、お姉様!」」
幼い二人が祭壇の方へと駆け寄る。
「「ギリル、ミア!」」
再会した四人が抱き合い、紙吹雪が舞い落ちる。
拍手喝采で舞台は幕を下ろした。














