第五十話:パパ~!
偽皇太子騒動の翌日。
とんでもない事件があったわけだが、この日は日曜日。シフト制で働くレイノルドだったが、勤務の休みと重なっている。
そこで以前から約束していた、レイノルドと私を題材にした魔獣討伐の演劇を、みんなで観に行くことになった。
この日は朝から春の訪れを思わせる暖かさ。
ギルは、春を感じさせる明るいピスタチオグリーンのセットアップを着て、ミルリアはピンクの花柄のドレス。二人が並ぶと素敵なプリンス&プリンセスになる。
レイノルドは白に近いグレーのスーツ姿で、白シャツと併せたそのコーデは、実によく似合っていた。
私は白い生地に碧いフリル、碧いウエストリボンがついたドレスを着て、皆の待つエントランスホールへ向かう。
「では馬車に乗りましょう」
レイノルドは皆が馬車に乗るのを手伝い、そして――。自身の膝にミルリアをしっかりのせ、隣にはギルが座る。対面の席に座り、三人の様子を眺める私は……。
やはりレイノルドが子煩悩なパパに見えてしまう。
窓から外を見たがるミルリアに応じ、座る位置を快く調整。「セドニック様、あの建物は何?」といった感じでギルとミルリアにかわるがわる尋ねられても、「あれは……」と律儀に答えている。
その一方で私にも声を掛けてくれる。
こんな風に。
「ウィリス嬢、見てください。スワローが」
「!」
スワロー……前世と同じ名前で呼ばれるツバメが二羽、素早く飛ぶ姿が馬車の窓から見えた。
冬の間、アルセン王国……というか王国のある大陸から、スワローは姿を消す。越冬のため、冬でも温暖な地に渡ってしまう。だが春の訪れと共に、大陸に戻ってくるのだ。
「スワローが見えたということは。動物たちはもう春が来たと感じているんだね」
ギルの言葉に皆で頷く。
去年の今頃。
北部に位置するウィリス領は、まだまだ冬の寒さだったと思う。それでも春に向けた準備……ジャガイモの種芋やえんどう豆の種を用意していた。
まさか次の年の春を王都で迎えるとは……想像だにしていない。
ましてや自分の前世の記憶が覚醒するなんてことも……まったく予想していなかった。
本当に。
人生って何があるのか分からないわ。
「小劇場があるストリートに到着しました。ここから先は、歩きながら劇場の演目を確認する方がいいでしょう。馬車から降りましょうか」
「「「はーい」」」
ここはギルとミルリアに合わせ、私も子供のように返事をした。それを聞いたレイノルドは「!」と驚いたが、すぐに優しい笑顔になる。
ギルとミルリアを先に馬車からおろすことになった。
馬車を降りると、ギルはちゃんとミルリアの手を取り、歩き出す。
その後ろをレイノルドにエスコートされ、続くことになった。
傍から見たら、子連れの若い夫婦に見えるようで、「旦那! 奥さんと子供と一緒に、歴史ロマンを観劇しないかい?」「奥さん。お子さんと見るなら冒険ファンタジーがおすすめだよ」と小劇場のスタッフに声をかけられる。
これを聞いたミルリアはふざけて「セドニックパパ~!」なんて言い出すから大変!
“セドニック”の名は、今、王都で一番有名なのだ。魔獣の女王であるマトリアークを倒した国の英雄として、その名が新聞に何度も登場している。
「え、セドニック!?」
「まさか国の英雄がこんな場所に!?」
「副団長って既婚者だったけ?」
こんな声がささやかれるので、慌ててミルリアには「セドニック様をパパと呼んではダメよ。お父様は別にいるでしょう。亡くなったお父様が『ミルリアは父さんのこと忘れてしまったのかな』と悲しむわよ」と伝えることになる。するとミルリアは……。
「亡くなったお父様のことは忘れていないよ。でもセドニック様がパパだったらいいのに……。お姉様と結婚して、ミルリアのパパになってくれないかな?」
ミルリアの言葉にはドキッとし「それはないわ。それに私と結婚する相手は、ミルリアにとっては義理のお兄様になるのよ」と小声で伝えることになる。
幸い、レイノルドは小劇場のスタッフと話しており、今の会話は聞かれていない。
そのことに、ホッと胸をなでおろす。
変な誤解をされたら大変だ。
レイノルドは近々サイレンジン公爵令嬢と婚約するのだろうし、客人である私と変な噂が立つのは、断然よろしくない。それにそんなことになったら、恐ろしい公爵に何をされるか分からなかった。
「ウィリス嬢」
「ひゃい!」
思わずドキドキして変な返事をしてしまい、ギルとレイノルドは「?」と驚き、ミルリアはクスクスと笑っている。
その場を誤魔化すべく「ど、どうしました?」とレイノルドに尋ねると……。
「よさげな劇を見つけました。役者も小劇場界隈では人気のある方々が出演しています。席は開演時間も近いので、端の方になりますが……。上演されるのは、小劇場です。元々座席数は少なく、舞台との距離は比較的近いので、それでも問題ないでしょう。あと十五分後に開場になるそうで、そちらを観るのでどうでしょう?」
ギルとミルリアを見ると「それでいい」と大きく頷く。
こうして私達はチケットを購入し、小劇場へ足を踏み入れた。














