第五話:レールを外れている理由
ミルリアは現在八歳。
そしてレイノルドは私と同じ二十歳だった。
十二歳の年の差。
大人になると気にならないが、今はその年齢差が大いに気になってしまう。
なぜならレイノルドは立派な騎士であり、貴公子。しかも彼の両親もまた、我が家と同じで既に他界している。レイノルドの父親は、彼同様の騎士で、魔獣討伐に参加していた。そこで命を落とすことになったという。さらに母親は産後の肥立ちが悪く、こちらも若くして他界。
ゆえにレイノルドもまた、既に侯爵家当主なのだ。
やはり責任ある立場にいるからだろうか。
貫禄というか、上に立つ人間特有のオーラがある。
カリスマ性というのだろうか。
対してミルリアは、どう考えても子供だから……。
レイノルドと一緒にいる姿を見ても「兄と妹」にしか見えない。
「若い父親と娘」にさえ見えてしまう。
それに……。
二十歳のレイノルド。
しかもその身分、容姿、実力と、三拍子が揃っているのだ。婚約者が当然いると思ったが……。
「自分はまだ婚約者がいないので、大変素敵な申し出ですね。でも自分のようなおじさんより、同い年の素敵な令息に、きっと出会えるでしょう。自分を安売りすることはおススメしません。特に君のような可愛らしいお嬢さんには、自分自身のことをもっと大切にして欲しいと思います」
まるで大人の令嬢に対するように、真摯にレイノルドが言葉を伝えると……。
ミルリアはますます目を輝かせる。
これ以上ミルリアが変なことを言い出さないよう、保護者として私が動くことにした。
「ギル、ミルリア、二人とも、晩御飯の準備をして頂戴。マチルダ、お願い!」
ベルを鳴らすと夕食の準備をしていたマチルダがすぐに来てくれて、二人を連れ、客間を出て行く。
一方の私は医者をエントランスまで見送る。
それを終えると厨房に向かい、レイノルドの分の夕食を用意し、客間に運ぶと……。
揚げパンとミルクで小腹を満たし、そして結構話をした。それで疲れてしまったのだろうか。ちょっと目を離している間に、レイノルドは熟睡している。
起こさなくても、空腹で目覚めるだろう。
客人であるレイノルドの夕食の皿には、クロッシュを被せていた。これで料理は冷めにくくなっているので、そのままワゴンごと、ベッドのそばに置く。私はそのまま退出だ。
レイノルドの夕食の給仕を手伝うつもりでいたが……。ギルとミルリアと夕食を食べ、再度様子を見に戻ろう。
こうしてダイニングルームに向かい歩きながら、レイノルドに婚約者がいないことを、不思議に感じていた。
なぜならこの国……だけではなく、この国のある大陸の多くの国々で、社交界デビューは十六歳が主流。高等学院在学中に婚約する者が多かった。そして卒業後、二十歳前後で結婚というのが、貴族の多くが辿る人生だったのだ。
レイノルドはなぜ、そのレールから外れているのかしら?
なんてレイノルドのことを考えてしまうが。
同い年である私自身、婚約者がいない。
つまりレールから外れていた。
そもそも貴族の婚約と結婚は、当事者より、家の事情が物を言う。余程の美女や美男でない限り、家柄や諸条件関係なく、婚約するなんてことは……あり得ない。
美男美女で、貴族の制約を超えた婚約が許されるのは……いや、それでもやはり打算がある。
これだけの美女なら、これほどの美男なら、生まれてくれる子供はさぞかしい素晴らしいに違いない……という期待があるわけで。だからこそ家門の事情を超えることができるのだ。
ともかくそんな貴族の婚約と結婚なので、私と婚約したいと思う令息は……いないと思う。
両親の事故があり、妙齢な時期に婚約者探しをしていなかった……と言うのもあるだろうが、そもそも私に需要はないのだ。
一応、現在は爵位を継いでいるが、ギルが成人したら、その座を譲るつもりでいた。ゆえに爵位狙いの婿養子で求婚されることもない。さらに我が家は没落貴族も同然。私と婚約しても、持参金は期待できない。お金目当ての求婚もないわけだ。
仮に奇跡的に婚約話が浮上しても、私はお断りするつもりだった。
なぜなら。
私はもういい。それよりも可愛い弟と妹に幸せになって欲しかった。
まだ幼い二人に苦労をかけている分、大人になった二人には、良き伴侶に恵まれ、幸せになって欲しいと思うのだ。
こんな風に願う私は、二人の姉というより、母親と同じだろう。母親だったら子供の幸せを、願わずにはいられない。それと一緒の心境だと思う。
ともかく今、極貧生活を送っているが、それでも毎月貯金はしている。
ギルはまだいい。
男爵位を継ぐのだから、貴族の特権を引き継げる。
それにあの子は賢い子だ。
今はカツカツだが、爵位を継いだら、ウィリス男爵家を再び盛り上げてくれる気がしていた。
問題はミルリア!
ミルリアが年頃になったら、きっと母親譲りの美しさで、多くの令息から求婚されると私は考えていた。美女への期待枠で、没落貴族同然でも、条件のいい縁談話がまとまるかもしれないのだ。
そうなった時。
ちゃんと持参金を持たせてあげたい。
きちんと素敵なウェディングドレスを着られるようにしてあげたいと思い、貯金をしているのだ。
この貯金を、天変地異でも起き、私が婚約することになり、使うような事態は……絶対に避けたい。
というわけで婚約者なしの私なのだけど、レイノルドはなぜ婚約していないのかしら?
そんなことを考えていると、ダイニングルームに到着した。