第四十九話:もしもの時の……
包帯だらけなのに、本当は怪我をしていない。
偽装のため、ただ包帯を巻いているに過ぎないと、ギルは気づいた。
何者なのか。
そこでギルは家庭教師の先生に素直に今見たままを話した。そして家庭教師はギルの優秀さを知っていたから、「怪しい」という判断を信じ、動くことにしたのだ。
「二人はこのままこの部屋にいてくださいね。もし怪しい人間が悪党で、武器を持っていたら大変ですから」
こうして家庭教師は部屋を出て、ヘッドバトラーの元へ向かった。ギルとミルリアは部屋に残されたが、ここにいて動かなければ、ひとまず安全だった。
だが二人は……。
「武器を持っていたら大変よ、お兄様。セドニック様は宮殿へ向かってお屋敷にいないし」
「そうだね。門番はいるけど、その門番のところを通過して、この屋敷の敷地内に入って来てしまった。使用人の中に男性はいるし、腕に覚えがある人は……ゼロではないと思う。あとは番犬か」
「お兄様は? お兄様はセドニック様に剣術を習っているのでしょう?」
確かにギルはレイノルドに剣を習っているものの、まだまだ駆け出し。悪者がどれだけ腕が立つか分からないので、ギルは剣で何かすることは控えることにした。
その代わりに……。
「もしもの時のために、いつもの仕掛けはこの屋敷にも設置してある。それを使おう」
もしもの時のための、いつもの仕掛け。
それはウィリス領の我が家では、定番の仕掛けだった。
自然に近い場所に屋敷があり、しかも庭園の代わりに家庭菜園をやっていたのだ。実りの時期には害獣が現れることもあった。さらにもしも悪党が屋敷に現れた時。大人の男手は執事のハドソンしかいなかった。
それでは何かあった時、身を守れないかもしれない。
もしもの時のために用意していたのが……。
ソードスティンガーを入れた、缶の仕掛けだった。
外に置くこの仕掛けでは、害獣や悪人が悪さをしようとすると、缶の蓋が開き、中からソードスティンガーが飛び出す仕掛けになっていた。そしてギルとミルリアはこの仕掛けを……なんとレイノルドの屋敷の敷地にも、いくつか用意していたのだ……!
そのうちの一つを取りに行き、蓋をしっかり閉めた。そしてメイドに来客の件を尋ね、書斎にいることを知ると……。まずは扉に耳を近づけ、中の会話を確認した。
つまり。
偽皇太子がベラベラしゃべった全てを、ギルとミルリアはしっかり聞いていたのだ。
ミルリアは理解できないところもあったが、ギルは違う。全てを理解した上で、偽皇太子が大悪党であると気づいたわけだ。
そしてすぐ私を助けるために、動くことになる。
「お兄様は男子よ。悪党に警戒されるかもしれないわ。お兄様に比べたら、私の方のが警戒されない。それに缶の蓋を開けさせるなら、私が動いた方がいいと思うの」
「ミルリア。それは確かにお前の言う通りだ。僕が行けば警戒される。でもソードスティンガーは僕達の味方であり、敵でもあるんだ。急に缶から飛び出した時、彼らは敵・味方の区別なんてつかない。近くにいる人間を刺す。だからそうならないよう、悪党が缶を開ける時は、その場から離れておく必要がある」
「それなら私に考えがあるわ、お兄様!」
こうしてミルリアは見事な芝居を打ち、悪党がソードスティンガーの入った缶を開ける時、そばを離れることに成功。ソードスティンガーはすぐそばにいる悪党を総攻撃し……全滅した。
そうなのだ。
前世では、ミツバチは一度刺すと、死んでしまう。そしてこの世界ではソードスティンガーが、そういう体の構造になっていた。針がフックのようになっており、抜こうとすると、自身の体から針が抜け、死んでしまうのだ。
ただし。
このフック構造により、針が刺さっている間は毒を注入し続ける。ゆえにソードスティンガーの針は、まさに一撃必殺。
一度の攻撃しかできないが、命中すれば同じ昆虫ならほぼ死に至らしめることができる。害獣も、何匹ものソードスティンガーに一斉に襲われると、死亡することもあった。死亡しなくても、毒で麻痺してしばらく行動不能に追い詰めることができたのだ。その間に駆除もできる。
では人間ではどうなるのか?
ソードスティンガーの毒は、人間にも効果てきめんだった。
まず、刺されると普通に痛い。しかもフック構造により、針は簡単に抜けず、毒が回る。同時に何匹にも刺されれば……。泡を吹いて気絶する。
今回缶の中にいたソードスティンガーは、十匹程度。だがこの十匹に刺された悪党は、その場で気絶。そこに家庭教師と使用人が連携し、屋敷に呼んだ王都警備隊により、病院へ運ばれた。意識を回復したら、事情聴取となるが……。
その事情聴取が終わった後、偽皇太子がどうなるのか……私は知りたいとは思わない。
もう本当に、自業自得だと思うからだ。
「しかしウィリス嬢。まさかサイレンジン公爵令嬢が襲われそうになっていたところを助けていたとは……」
「私は通りがかっただけで、実際に助けたのは、宮殿のバトラーの方です。でもそういうことがあったこと、話さず、申し訳ありませんでした」
サイレンジン公爵令嬢の名誉を思い、黙っていたが、こうなったら話すしかない。
とはいえ、王都警備隊は公爵の息がかかっているから、この件を公にしないだろう。
ギルとミルリアについては……。
ギルはあの偽皇太子が話したことを、しっかり聞いてしまっている。誤魔化しようがないので、改めて事情を説明したが。本人は口外しないと言ってくれた。
ミルリアはそもそも事態をあまりよく分かっていない。そこで詳細は伏せ、ぼんやりした形で事態を説明した。
さらに「誰かに話すと、傷つく人がいるの。だからミルリアの心の中でとめておいて」と伝えると、素直に「分かったわ、お姉様」と言ってくれたのだ。
二人についてはこれで問題ないだろう。
私から大筋を聞いたレイノルドも、使用人には緘口令を敷いている。
それはサイレンジン公爵令嬢の名誉のためだ。
やはり襲われ掛けただけでも悪評が立ってしまう。それに今回は私も危うかったので、変な噂は立たない方が好ましかった。
何よりも。
レイノルドは公爵令嬢との婚約を考えているのだろうから、ひた隠しにしたいだろう。
「どのような形であれ、サイレンジン公爵令嬢を助け、悪評が立たないよう、配慮されたウィリス嬢の気配り。これには尊敬の念で、いっぱいです」
いつもならレイノルドに褒められると、嬉しい気持ちに満たされるのに。
未来の婚約者への配慮、ありがとうございます――と言われているようで、なんだか私は……気分が上がることはなかった。














