第四十七話:天才?
スミス卿が突然、松葉杖を振り上げた。
咄嗟のことで声は出ず、ただ後頭部に痛みを感じ、そこから景色は暗転する。
だが意識を失ったのは一瞬のことで、すぐに覚醒した。
すると口には布を噛まされており、声は出せない。
両手は一緒に結わかれている。
「ふうっ」と汗を拭ったスミス卿と目が合った。
スミス卿……?
三角巾を外し、顔の左半分を隠していた包帯を外したその顔は、どこかで見たことがある。
「!!!」
サイレンジン公爵令嬢に手を出そうとした偽皇太子の令息!
「なんだ、もう目が覚めたか」
そう言うと、偽皇太子はニヤリと笑う。
「お前とあのバトラーのせいで、ひどい目に遭ったぜ」
そう言いながら、上衣の胸元から短剣を取り出す。
「俺の屋敷は火事に遭い、両親は脱税の疑いがあると逮捕された。しかも屋敷に火を放ったのは俺だとされ、追われる身だ。つまり今の俺は逃亡者。追っているの王都警備隊だが、裏にいるのはサイレンジン公爵だ。しかも裏社会に俺の似顔絵を流し、懸賞金までつけた」
偽皇太子がゆっくり、鞘から剣を抜いた。
「しかも俺を追っていることは、非公表にしてやがる。つまり生け捕りにしたら自らが殺す。死体と対面したら、容疑者死亡で葬られる。ちょっといい女を抱こうとしただけで、こんな目に遭うなんてな。割に合わないと思わないか?」
そんなことを言われても!というのが正直な気持ちだった。
確かにサイレンジン公爵令嬢を助けた。
だが懸賞金までかけ、偽皇太子を追っているのは、サイレンジン公爵なのだ。
なぜその矛先を私に向けるのかが分からなかった。
それにこんなところで私に短剣を向ける暇があるなら、逃げればいいのに!そう思ったら……。
「なぜ自分が狙われるのか……という顔をしているな。分からないか? 無理なんだよ、公爵を……宰相を敵に回すなんて」
だから私を狙うの!?という気持ちになるが、要は復讐をしたいということなの?
サイレンジン公爵やその令嬢に、何かすることはできない。
だからあの場で公爵令嬢を助け、自身の邪魔をした私にやり返したい……?
「それに裏社会の殺し屋から逃げるなんて、無理な話だ。奴らは国境沿いに網を張っているし、王都のあちこちで俺を狙っている。奴らに見つかったら、その場で殺される。公爵は遺体の俺と対面だ」
つまり逃亡はとうに諦めているわけだ。
「だが王都警備隊に捕まったら……公爵になぶり殺しにされる。殺し屋に一撃でやられた方がましだったと思うだろう」
逃亡を諦めているが、捕まることも嫌だと。
では一体何をしたいの!?
「あのバトラーはどこのどいつか分からないし、お前のことをめちゃくちゃにしたい気持ちでいっぱいだよ。なぜあの時、見て見ぬふりをしなかったのか、ってな」
まったく理不尽な話だ。
目の前で行われる犯罪を見て、見ぬふりなんてできるわけがない!
たとえ襲われている相手が、私を嫌うサイレンジン公爵令嬢だったとしても、だ!
だからこそあの時、ウォーレンに助けるよう、お願いしている。
「だがな、気づいたんだよ。俺にはお前が必要だと」
これには「はい?」とブギ切れたくなってしまう。
私はこれっぽっちもこの偽皇太子を必要としていない。
それなのにこの最低男から“必要”と言われること自体が、不快でならなかった。
「お前はセドニック副団長にとって、聖女にも等しい恩人なんだろう? お前のためなら、たとえ火の中水の中、助けようとするんだろう、副団長様は!」
レイノルドを馬鹿にしたような口調に、頭に来ていた。
その顔を思いっきり睨む。
「まあ、確かに。そうやって睨んでも、可愛い顔をしているよな。何よりあの公爵令嬢とは違い、お高くとまっていない。本当に聖女みたいだ。男はさ、好きなんだよ。そういう穢れない乙女がさ」
偽皇太子の言葉がいちいち頭に来るが、キリがないように思えた。
結局、何をしたいというのか!
「アルセン聖騎士団だけなんだよ。王都警備隊からも、公爵からも、俺を守れるのは。アルセン聖騎士団は、魔獣討伐で一目置かれている。さすがの公爵でも手を出せない。つまり王都警備隊のように、裏から手を回すことができないんだ」
な……そこが狙いだったのね……!
「そしてお前は副団長様の恩人だ。つまり俺がお前を人質にとり、取り引きを持ちかける。隣国に亡命させろ、とな。取引に応じれば、お前を助けてやるって。副団長は応じるはずだ。お前を助けたいだろうからな」
なんて卑劣と思うが、この偽皇太子、悪知恵だけはバッチリ働くようだ。
私を恩人と考えているレイノルドは……。
この悪党の取引に応じてしまう……!
「しかもお前を人質にとり、逃亡する必要はないんだ。ここに立て籠もり、要求を飲ませればいい。騎士は御しやすいよ。まさに清廉潔白であるために、犯罪者とした取引も守るはずだ。俺はお前を殺さない。代わりにサイレンジン公爵にバレないよう、俺を亡命させる。一度取引成立したら、破るわけがない。そうしないと騎士道精神に反することになる。……この策を思いついた俺、天才だろう?」














