第四十三話:胸の痛み
夜勤明け、ぐっすり睡眠をとったレイノルド。
すっかり元気になり、夕食までの時間を使い、ギルと剣術の練習に励んでいた。こうやって体を動かした方が、夜、ちゃんと眠れるという。
ということでギルはひと足先に練習を終えた。だがレイノルド自身は、夕食ギリギリまで練習を続けている。
その姿を見ると、タフだなぁと思わずにはいられない。
そんな夜勤明けの日もあれば、いつも通り朝から勤務したり。
騎士のシフト制は大変。
とは言え、レイノルドは副団長に就任したのだ。
書類仕事が増えた。
よってシフト制とはいえ、夜間勤務は減りつつある。
そしてギルとミルリアの勉強は順調。
家庭教師との相性も問題ない。
ギルは時間を見つけては、レイノルドから剣術の練習をつけてもらっている。
レイノルドによると「筋はいい。騎士団にスカウトしたいぐらいだ」と言われ、ギルは大喜び。
私の代筆業も丁度いいペースで依頼がきていた。
騎士の妹や姉という令嬢からの依頼も入り、少しずつ客層の幅も広がっている。さらに字の美しさから、既に書いた手紙を渡され、リライトするだけという仕事も舞い込み始めたのだ。
そんな日々の中で、国王陛下から子爵位を正式に授与される日がやって来た。
この日、レイノルドは通常勤務だったが、私が宮殿に向かう時間に合わせ、迎えにしてくれることになっている。
「姉様、いってらっしゃい」
「お姉様、ドレス素敵~! 気を付けてね~!」
昼食後、ギルとミルリアに見送られ、春を思わせるミモザ色のローブ・モンタントのドレスで馬車に乗り込んだ。
今朝、屋敷を出る前。
レイノルドは私にこう告げている。
「ウィリス嬢、では13時半に宮殿のエントランスに迎えに行きます。謁見は14時からですが、早めに到着し、待機部屋で待つのが慣例ですので」
正直、私は宮殿での慣例になんて疎かった。
地方領の貴族など、国王陛下に謁見などなく終わることは、この世界では珍しいことではない。
ここは詳しいレイノルドの指示に従い、動くことになった。
そして13時半にエントランスに迎えにくると言っていたレイノルドは間違いなく、早めに来てエントランスで待機してくれるはずだ。
騎士と言うのは時間に厳しい。
任務を遂行する時、時間に遅れたり、間違ったりは命取りになる。魔獣を相手にしているアルセン聖騎士団であれば、なおのこと時間を気にするはず。
そう思い、早めに到着したが……。
エントランスに、レイノルドの姿はない。
これは完全に読みが外れたようだ。
とはいえ、エントランスの先には広々としたエントランスホールがあった。そこには暖炉もあり、豪華なソファセットも置かれている。さながら巨大ホテルのロビーのようになっていた。舞踏会や晩餐会では、ここで貴族は自身の馬車が、エントランスに来るのを待つことになるのだ。
ということで私は空いているソファに腰をおろした。
エントランスホールからは、三つの通路が伸びている。
舞踏会や晩餐会が行われるホールへつながる中央通路。
右手は、宮殿で働く事務方がいるエリアにつながる通路。
左手は、政務関連で使う会議室や外国の大使などを迎える部屋につながる通路らしいが、詳細は不明。もしかすると王宮へつながる通路なのかもしれない。
そして私が座ったソファは、右手の通路がよく見えていた。
幅広で、真っ直ぐ奥まで伸びている通路。
途中で左右に通路もあるのだが、かなり奥の方まで見えていたが……。
そこにレイノルドの姿が見えたと思ったら。
隣に知っている女性の姿が見える。
ダークブロンドに見事な縦ロール。
ボリュームのあるダークパープルのドレス。
夜ではないので、装飾品の煌めきはないが、大ぶりの真珠の髪飾りやネックレスをつけていた。その姿は、どこぞやかの王女のように見える。
圧倒的な存在感は健在。
宰相の娘であり、公爵令嬢でもあるレイ・ローザ・サイレンジンだ。
サイレンジン公爵令嬢と言えば……。
魔術師ウォーレンの言葉を思い出す。
令嬢姿のウォーレンはこう言っていた。
―― 「サイレンジン公爵令嬢は、宰相の娘。彼女と婚約する……となれば、他の貴族は悔しいでしょうが、黙るしかない。逆にそれ以外ですと、他の貴族の求婚熱を、収拾できないと思います。今頃侯爵は宮殿で宰相に呼び出され、『娘と婚約するように』と説得されているのではないですか」
レイノルドの元には、変わらず求婚状が届いている。
やはり国中の、令嬢を持つ父親と代理人が送りつけていると思えてしまうが、受け取った求婚状をレイノルドがどうしているのかは……分からなかった。気になりはするが、レイノルドのプライベートに関わること。詮索は失礼な気がした。
それにレイノルドが婚約者を選べば、それは新聞に載ると思う。社交界での話題は、もっぱらレイノルドが誰と婚約するか――だろう。でも特に何も聞かないのだから、まだ誰と決めていない……決められない気もする。全ての求婚状に目を通す時間は持てていない。それでも毎日少しずつ、求婚状を眺めているのか。いずれであれ、婚約者を発表できる状況ではないということだ。そう思っていたが……。
レイノルドとサイレンジン公爵令嬢。
二人が何を話しているか、分からない。
でも。
そこでレイノルドが笑顔になる。
眩しい程の笑顔だった。
そしてその笑顔の先にいるのは……サイレンジン公爵令嬢。
胸が……ズキンと痛む。
これはきっと不安から来る、心の痛みだわ。
もしもレイノルドがサイレンジン公爵令嬢と婚約するなら。彼女は私が彼の屋敷に客人としてでも滞在することを、喜ばない可能性がある。
出て行けと言われたら……いや、レイノルドはいくら婚約者となった公爵令嬢からはっぱをかけられても、私やギルやミルリアを追いだすようなことはしないはず。きっと板挟みになり、苦労するだろう。
……領地は増える。そこで事業を始めればお金は手に入るはず。
ギルとミルリアの教育のためにも、王都には少なくともあと数年はいたい。
ホテルに長期滞在をするか、何かの縁を頼り、間借りさせてもらうか……。
俯いて考え込んでいると。
大理石のピカピカの床に映り込む、明るいパウダーブルーの隊服。
副団長になったレイノルドの隊服は、より柔らかく優しい色合いに変わっていた。














