第四話:将来お嫁さんにしてね!
勝利を確信したのに。
レイノルドは木から落下することになる。
「どうして!? お兄さんは勝利したのではないの!?」
ミルリアが泣きそうな声になり、隣に座るギルがその手を握り「泣かないで、ミルリア」と宥める。
「そうですね。勝利を確信した時程、慎重にするべきでした」
レイノルドはそこで深いため息をつく。
「弱点を一斉攻撃されたのです。驚き、そして激痛を感じ、マトリアークは暴れた。その体は大型の4頭立ての馬車に匹敵するサイズ。そんな体で暴れれば……」
つまりその巨体が木に激突。
レイノルドを含め、木にいた騎士達は、次々と地面に落下することになった。だが地上では、もっと大変な事態が起きている。
「激しい振動で、雪崩が起きていました。地上にいた騎士、木から落ちた騎士、皆、雪崩に巻き込まれ――。だが自分は幸か不幸か、落ちた先がマトリアークの背だったのです」
これを聞いたギルとミルリアは「「ええーっ」」と盛大に驚いている。医者も「これはたまげた」と口をぽかんと開けてしまう。
「驚いたのは、自分だけではありません。マトリアークも同じでした。自分を振り落とそうと暴走を始めたのです。一方の自分は、振り落とされまいと必死で……。気付いたら山を下り、麓の辺りを駆けている。このまま近隣の村や町へ向かえば、大変なことになると分かりました。そこからは激しい揺れに耐え、落下しないようにしながら、マトリアークへ攻撃を開始したのですが……」
沢山の矢が刺さっている、例の毛色の違う弱点のところまで何とか移動し、そこで何度か剣を突き立てる。
マトリアークは激しい咆哮をあげ、次の瞬間。
「振り払おうとしても、振り落とすことができない。ならばとその巨体を倒したのです」
暴走状態で、自身の体を倒し、地面に激突させたのだ。
これにはさすがのレイノルドも落下することになり、地面を何回も転がることになった。
幸いどこか骨折するということはなかったが、マトリアークはその牙を、レイノルドの背に突き立てた。
魔獣は牙に毒を持っている。
レイノルドはすぐに解毒と回復薬のポーションを立て続けに飲み、激痛を堪え、マトリアークと対峙した。
お互いに満身創痍だった。
その結果、決定打となる一撃を双方与えることができず、苦しい戦闘が続く。
だがレイノルドが戦闘をしている場所は、村はずれだった。
まさかここでレイノルドとマトリアークが戦っているとは思わず、子供たち数名が、姿を現わした。
魔獣は人間の子供を好んだ。捕えやすい格好の獲物として見ている。
レイノルドは、子供たちにマトリアークの興味が向かわないよう、囮となるべく動く。
すなわち自身が血を流し、その匂いで自分の方へ、誘き寄せたのだ。
そうやって動く中で、あることに気付く。
ブラックウッド連山の、麓に広がる森の中へと移動したところ、切り倒した木が積み上げられていた。その木は春になって増量した川に流され、下流で木材として回収される仕組みになっているのだが……。
マトリアークをその木材の山まで導き、木を結わくロープを切り落とすことを、レイノルドは考えた。
木材が一斉にマトリアーク目掛け、落下すれば……。
レイノルドはその作戦を決行した。
そして必死にその場から逃げ出す。
だがポーションを一気に二種類飲んでいた。そしてポーションを飲むと、体を横にし、休める必要がある。
なぜならポーションの力が体に作用すると、体力を激しく奪う。動き回っている場合ではなかったのだ。
それでも少しでもマトリアークから離れる必要がある。完全にポーションが全身の血流を巡ると、意識を失う。マトリアークの目の前で倒れたら……。
大変なことになると、分かっていたからだ。
こうして村はずれから必死に逃げ、辿り着いた場所。
それがこの村を領地とするウィリス男爵家、つまり我が家の敷地だった。
「助けを求めたいと思ったのですが、ポーションの効果も作用し、限界でした。ついぞ意識を失ってしまい……。助けていただき、ありがとうございます」
レイノルドが深々と頭を下げると、ミルリアがソファからピョンと立ち上がる。
何をすると思ったら、レイノルドが上半身を起こしているベッドへ飛び乗った。
「お兄さんを見つけたのはこの私なのよ! しかも体が冷えないように、藁と落ち葉をかけてあげたの!」
「そうだったのですね。可愛らしいお嬢さん、ありがとうございます」
レイノルドが騎士らしく、胸に手を当て、一礼すると……。
ミルリアはポッと頬を赤くする。
ウィリス男爵家の領地は、魔獣の巣窟であるダークウッド連山に近い。近いと言っても、目と鼻の先、とういうわけではない。
間にいくつかの村と町を挟む。
そう、間にいくつかの村と町があるため、魔獣討伐で出向いたアルセン聖騎士団の騎士達が、ウィリス男爵家の領地に立ち寄ることはなかった。
そもそも宿もなければ、騎士が喜ぶような、豪快な料理と酒を出すレストラン兼居酒屋もないのだ。立ち寄る必要性はゼロ。
つまりミルリアは本物の騎士を初めて見たのだ。
しかもレイノルドはその話を聞くだけでも、騎士としてかなり勇敢で戦略的、そして強い。
木から落下することになったが、それは仕方ないと思う。むしろ落下後、マトリアークから振り落とされることなく、戦闘を続けたのだ。
かなりの凄腕、医者が指揮官クラスでは?と言っていたが、多分正解だと思う。
ともかくそんなすごい騎士に礼の気持ちを示されたミルリアは……。
「ではお兄さん。御礼として私を、将来お嫁さんにしてね!」
可愛らしい笑顔で、とんでもないことを言い出した。






















































