第三十六話:困ったような照れたような
出張料も払う。
だから王都へ髪を切りに来てくれないかと頼むと……。
「それは王都には、わたし程の髪切りをできる人間がいない……ということですか?」
「違うわ。約束したでしょう。それにウォーレンさんは心配して、王都まで私の様子を見に来てくれた。そういう人との約束。無下にしたくないの。これからもウォーレンさんとは仲良くしてほしい」
金色の瞳を大きく見開き、ウォーレンが私をじっと見る。
「それに私、代筆業を始めて、お金を稼ぐようになったの。無駄使いをするつもりはないわ。稼いだお金は、妹のミルリアの結婚資金にしたいし、弟のギルの将来のために使いたい。でも少しぐらいの贅沢は、許されると思うの。ウォーレンさんに王都へ来てもらうぐらいの贅沢は」
ウォーレンは困ったような、照れたような顔になり、そして――。
「……やはり領主様はお人好しです。わたしが法外な出張料を要求したら、どうするつもりなのですか?」
「揚げパンにね、シナモンパウダーをつけることを思いついたの。セドニック副団長の屋敷の厨房には、スパイスもいろいろ揃っている。それを使わせてもらうことが出来るから……」
ウォーレンの顔はぱあぁぁぁっと輝いている。
「それに砂糖もあるの。シナモンシュガーをまぶした揚げパンは、とても美味しいと思うわ。あとはココアパウダーも用意できる。プレーンな味。シナモンシュガー。そしてココアシュガー。三種類の味の揚げパンで、出張料込みでどうかしら?」
「領主様はお人好しですが、商売上手ですね。……手を打ちましょう」
そこでウォーレンが手を差し出す。
お人好し。
でもウォーレンも魔術師好しだと思う。
「交渉成立ね。……というか、私、そろそろ舞踏会のホールへ戻るわ」
「では送りますよ」
「あ、魔術は使わないでいいわ。温室は宮殿内とつながっているでしょう。歩いて行くのでいいわよ」
ウォーレンが魔術師だからと、あれもこれもで魔術を使わせるのは、申し訳ない。本来、魔術を一つ使わせたら、それに見合う対価を求められて当然なのだから。
「人間は本当に不思議ですね。魔術で移動したら楽なのに」
「少しでも長く、ウォーレンさんとおしゃべりをしたいからよ」
「……!」
意外にも顔を赤くしているウォーレンは、よく見ると整った顔をしている。
普通に人付き合いをしたら、モテそうなのに。
「ところでホールまでのルート、分かるの?」
「宮殿に潜入するにあたり、把握しましたよ。これでも有能なバトラーですから」
そう言っているそばからウォーレンの姿は、元のバトラーに戻っている。
「それではお客様、ホール迄ご案内しますよ」
「お願いします、有能なバトラーさん」
こうしてバトラー姿のウォーレンにエスコートしてもらい、温室を出て、宮殿内を歩き始める。
さすが宮殿。
あちこちに警備兵がいる。
そう思っていたが……。
「なんだかここは、警備兵があまりいないわね」
「分からないですか? 舞踏会は表向き、厳格さや威厳が求められます。その一方で、庭園やバルコニー、人気の少ない廊下や控え室。こういった場所は、密会の場として活用されているのです。つまりの舞踏会の裏では……。人間は変な生き物ですよ」
これには「ああ、なるほど」だった。
貴族は体面を取り繕うが、それでも人間であることに変わりはない。
一夫一妻制で離婚は認められないともなれば……。
華やかな舞踏会の裏では、欲望渦巻く世界が広がっていると言うが――。
「やめなさい! 私を誰だと思っているの!?」
「誰だが分かっているからですよ。ここで大声で悲鳴を上げ、警備兵に助けてもらいますか? 噂が立ちますよ」
なんだか雲行きの怪しい会話と、聞いたことのある声が聞こえる。
本来、舞踏会で行われる情事は、見て見ぬふりが大原則。
公然の秘密だった。
だが……。
「放して! あなたのような身分の低い貴族が、私に手出しなんてできないのよ!」
「ではなぜこんなところまでのこのこついて来たのですか」
「それはあなたが、自分は異国の皇太子だなんて、嘘をつくからでしょう!」
なるほど。異国の皇太子が狼藉など働くはずがないと信じ、人気のない場所まで来てしまったのね。
この世界にまだ写真はない。
姿絵での情報は完璧ではなかった。
ゆえに異国の皇太子のフリをしても、案外こんな風に騙されてしまう人もいるということ……いや、そんなわけがない!
これだから温室育ちの令嬢は……。
パチンという盛大な音がして、ウォーレンと私は同時に体がビクッと震える。
「な……平手打ちをするなんて」
「当然ですわ! あなたが失礼だからでしょう!」
私に対し、あれだけ強気な態度に出ただけある。
性格もかなり勝気なのだろう。
ならば一人で解決でき――。
「この女、いい気になりやがって」「き」
悲鳴ではなく、くぐもった「うぐっ」という声が漏れてくる。
レイ・ローザ・サイレンジン公爵令嬢。
取り巻き令嬢に命じ、私に白ワインをかけた、ボスのような公爵令嬢だった。
それでも男性の前では、非力な令嬢。
このままでは――。
「罰が当たりましたね。自業自得ですよ。誰かに意地悪をしたら、その報いは自分に帰ってくる」
ウォーレンが冷たくささやいた。
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