第三十三話:彼の言葉
レイノルドとサイレンジン公爵令嬢とのダンスが終わった。
拍手が盛大に送られている。
この後、レイノルドとダンスを踊るのは……私だ。
レイノルドのダンスは、素晴らしいものだった。
サイレンジン公爵令嬢は、言うまでもない。幼い頃より公爵令嬢として、英才教育を受けてきたのだろう。全てが完璧だった。こんなダンスを見せられた後。付け焼き刃で特訓した私のダンスを披露するなんて……。
「自分は今日、ウィリス嬢とダンスするために、この舞踏会に来たと言っても過言ではありません。わずか一週間のダンスの特訓を頑張ったのは、ウィリス嬢のためです。ちゃんとリード出来るようにと、懸命に頑張りました」
自信を失いかけた私に、レイノルドがかけてくれた言葉は……。
涙が出そうになる。
「ではウィリス嬢。May I have the honor of this dance?(自分とダンスいただけますか?)」
私とダンスできることを、名誉だと思ってくれるレイノルド。
付け焼き刃で恥ずかしいなんて思った自分を、叱咤激励したくなる。
でもまだ遅くない。
ダンスはこれからなのだ。
「It would be my pleasure.(喜んでお受けします)」
こうしてレイノルドと踊るワルツ。先程が軽快な曲調だったので、今回は静かな曲が選ばれた。より情感豊かに踊れるこの曲は……特訓でも踊ったことがある。
深呼吸をすると。
ここが舞踏会であることを忘れることにした。
忙しい中、二人で頑張った練習の延長と思い、踊り始めると……。
レイノルドも同じように思っていることが、伝わってくる。
その瞬間から、気持ちの持ちようが変わった。
技巧では、どうしたって公爵令嬢には敵わない。見比べられたら、劣ると分かっている。
それならば。
誰かに見せるためにダンスをするのではなく。
懸命に、共に頑張ったレイノルドと、楽しく踊れればいいと思えた。
レイノルドも周囲のことより、私の目を見て、微笑んでくれる。練習の時と同じで、少しミスがあるとお互いに「やっちゃったね」と表情に出し、上手くいったら満面の笑みになる。
そうやって踊るダンスは、限りなく楽しい!
背中に羽が生えたみたいに、心が軽やかになった。
曲が終わり、最後のポーズをとった時は、もうレイノルドとハイタッチをしたい気持ちになっていた。
「!」
大音量の拍手に驚く。
驚きで辺りを見渡すと、みんな笑顔だった。
決してコンクールで優勝するようなダンスではない。
でも見ている人達は……何かを感じてくれたようだ。惜しみない拍手に嬉しくなる一方で、鋭い視線も感じる。
サイレンジン公爵とその娘である公爵令嬢だ。
これはもう見なかったフリをするしかない。
それに。
舞踏会は始まったばかりだった。
私とのダンスを終えたレイノルドと、記念のダンスをしたいと令嬢やマダムが集まってきたのだ。
これは社交として、レイノルドは応じる必要がある。
私はその場を譲ることにした。
レイノルドはそんな私を見て、何か言いたげにしている。
だが彼自身が、一番その立場が分かるので、言葉を呑み込む。そして令嬢やマダムのダンスの誘いに応じている。
「献身の乙女、良かったらダンスを踊ってくださいませんか。今日の記念に」
何と私にも声を掛けてくれる令息がいた……!
レイノルドも社交を頑張っているのだから、私も頑張ろう。
ということで「はい。お願いします」と手を差し出す。
その後はしばらくは、ダンス三昧。
社交界デビューした時でさえ、三人の令息とダンスをして終わりだったのに。
今日は何人とダンスをしたのか分からない。
さすがに疲れ、休憩をとることにして、隣室へ向かう。
飲み物をいただくことにしたのだ。
「……!」
これぞ宮殿の舞踏会。
休憩スペースには、ちゃんとメイドやバトラーがいて、コーヒーや紅茶を淹れてくれる。とはいえ今は温かい飲み物より、グビグビ飲めるものが欲しい。
そこでクランベリージュースを受け取り、用意されているソファに腰を下ろしたまさにその時。
サイレンジン公爵令嬢が、数名の令嬢と共にやって来た。
すぐに私に気がつき、というより、私を探してここに来たように思える。なぜならすぐに私と目が合うと、つかつかとこちらへやって来たからだ。
なぜこちらへ来るかの想像はつく。あれだけガンを飛ばされているのだから、分かって当然と言えば当然。
「サイレンジン公爵令嬢、最初のダンス、とても素敵でした。地方で暮らし、ダンス経験の浅い私とは、比べものにならないレベルです。ご令嬢がダンスをした後に踊ることになり……本当に恥ずかしい限りでした」
丁重に頭を下げると、サイレンジン公爵令嬢は「ふんっ」と鼻を鳴らし、腕組みしたものの。
攻撃の言葉は掛けて来ない。
「恩人と思っていただけたことで、セドニック副団長のお屋敷に、私は滞在させていただいています。ですが私の弟や妹も一緒です。田舎暮らしでは、まともな教育も受けられないと、恩情をかけていただき、兄弟揃って王都へ連れて来ていただけました。でも私達は、それだけの関係です。どうぞ私のことは、セドニック団長の遠縁ぐらいに思ってくだされば……」
変にライバル認定されないために、早々に白旗を挙げたわけだ。
実際、レイノルドと私の関係は……今言った通りのもの。
「どうやら身の程はわきまえているようね」
サイレンジン公爵令嬢がそう言ってクスッと笑うと、取り巻きの令嬢は……。
「Country Bumpkin(田舎者)のわりには、頭が回るようですわね」
「でも図々しくもサイレンジン公爵令嬢様の次に、ダンスを踊ったのですよ」
「このまま捨ておくわけにはいかないと思いますわ」
「私は心が広いから、気にしていないわよ。もう行きましょう」
この言葉をサイレンジン公爵令嬢が口にした時。
私は安堵していた。
でもその直後。
まさに冷水を浴びせられた。














