第三十二話:最初のダンス
国王陛下が最初のダンスにレイノルドを指名し、パートナーとなる令嬢の名を口にしようとしていた。流れとして、それは……私になっていいはずだった。レイノルドと二人、勲章も授かっているのだから。
でもそこに声を上げた人物がいる。
それができるのは、只者ではない。
「陛下。我が娘のレイ・ローザ・サイレンジンを、ぜひ英雄であるセドニック副団長の最初のダンスのお相手に、していただけないでしょうか」
焦げ茶色の髪をオールバックにして、口ひげを生やした黒のテールコート姿の男性。サイレンジン宰相だ。公爵でもある宰相なら、国王陛下にこんな提案も……できる。
国王陛下は、宰相の横に控える、美しい令嬢へ目をやった。
ダークブロンドに見事な縦ロール。
真紅の薔薇を思わせる、艶やかなドレス。
ゴールドの装飾品は、シャンデリアの明かりを受け、煌めている。
どこぞやの国の王女にさえ見え、オーラを放つこの令嬢が、宰相の娘レイ・ローザ・サイレンジン。
年齢は、私と同年代に思えた。
「ふむ。よかろう。ではレイ・ローザ・サイレンジン公爵令嬢、今宵の英雄と最初のダンスを」
「ありがとうございます。国王陛下」
最初のダンスを誰が誰と踊るのか。
それを指名するのは、主催者である国王陛下。
私を指名する予定だったとしても、先に声をあげ、かつ相手は公爵令嬢であり、宰相の娘なのだ。
「ノー」と却下する理由もない。
「陛下、自分は」「セドニック副団長、娘に栄誉を与えてくださること、感謝します」
レイノルドの言葉を打ち消すように、宰相が声を上げ、ニコリと笑う。
ここで宰相は「栄誉」と口にしていた。
レイノルドとダンスをできたら、それはサイレンジン公爵令嬢にとって「栄誉」となる。もしレイノルドがダンスを断るようなことがあれば、それはサイレンジン公爵令嬢にとって「不名誉」となるのだ。
この世界の貴族は、名誉を重んじていた。
理由もなく名誉を汚すことは、汚した相手の名声も、著しく貶めることになる。社交界から総スカンをくらうことにもなるのだ。さらに言うなら、これは国王陛下からの指名。レイノルドがここでサイレンジン公爵令嬢とのダンスを拒むのは、得策ではない。政治的にも。社交界のことを考えても。
「……!」
レイノルドが実に悲壮な瞳を私に向けた。
気持ちは……よく分かった。
彼は、マトリアークを倒せたのは、自分ひとりの力ではないと思っている。マトリアークを追い詰めることになったのは、仲間である騎士達の協力があってのこと。そして私のサポートがあったからだと思ってくれている。なおかつ私を恩人として心から感謝し、王都へ招いてくれたのだ。
先程迄の流れでは、レイノルドと私が最初のダンスの栄誉を受けるはずだった。それが宰相の一言で、流れが変わったのだ。レイノルドとしては、納得できていないと思う。正義感も強い彼ならなおのこと、この状況は受け入れ難いはず。
そうだとしても。
ここで何かするのは、絶対に得策ではない。公爵令嬢の名誉を汚す。国王陛下への反逆心まで、疑われかねない。
「セドニック副団長。次のダンスはぜひ私とお願いします」
笑顔で私が告げると、会場の騎士達からは、安堵のため息が漏れた。
彼らだって気が付いている。
流れがおかしくなったと。でも私のこの一言で、レイノルドは公爵令嬢とダンスをする。その後、私ともダンスをして、この場が収まると分かったのだ。それゆえに漏れたため息だった。
「……分かりました」
レイノルドの表情は晴れないが、それでも自身の立場を踏まえ、サイレンジン公爵令嬢のエスコートを始める。楽団が軽やかな音楽を奏で、これからワルツを演奏することをアピール。
二人がフロアの中央に移動すると、すぐに始まりのポーズをとった。
ゆったりと、でも軽やかで明るいワルツが流れ始める。
ダンスは不得意……だったはずのレイノルドだが、運動能力は高かった。
それにダンスの基礎はできていたから、一週間の特訓で、その腕はかなり上達。
今も見事に公爵令嬢をリードし、優雅なダンスを披露している。
こうして見ると、華があり、美しい公爵家の令嬢。
国の英雄であり、若き騎士団の副団長に大抜擢された侯爵。
似合いの二人だった。
そこで「ああ、そうなのか」と思う。
レイノルドは今、王都でもっともホットな未婚の令息。
未婚の令嬢は、彼の伴侶になりたいと、願っていることだろう。
サイレンジン公爵令嬢も、レイノルドとダンスをするぐらいだから、未婚であり、婚約者もいないはず。父親である宰相が、最初のダンスの相手に!と言うぐらいだから、それは間違いない。
つまり宰相は、自身の娘をレイノルドの婚約者にしたい――そう思っているのだろう。
これはレイノルドにとっても、悪い話ではない。
格上の公爵家と親戚関係になれるのだ。
強力な後ろ盾を得ることになる。
将来、騎士団長になり、やがて政界へ出るにしても……。
公爵であり宰相の義父を持つことは、メリットしかない。
そんなことを思っている間に二人のダンスは終了。
その見事なダンスに、惜しみない拍手が起きた。














